社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

西谷修『アメリカ 異形の制度空間』(講談社選書メチエ)

 

アメリカ 異形の制度空間 (講談社選書メチエ)

アメリカ 異形の制度空間 (講談社選書メチエ)

 

  ヨーロッパ世界展開の端緒で、「アメリカ」と名付けられた新天地に成立した連合国家が、短期間のうち膨張して強大な国家となり、その運命に世界を巻き込もうとしている、そのアメリカが世界史にとって何であるかについて解説した本。

 アメリカは「所有に基づく自由」という制度空間を徹底し、移民たちが自らの法権利空間を作り上げ、「外部」を力の正義によって駆逐し、ヨーロッパから独立していく。

 そしてこの制度空間は自らの成功を駆動力に、この制度空間を普遍的なもの、世界にとっての規範的なものとして拡大していった。

 本書を読むと、いかにアメリカが単純な原理に基づいているかがわかる。アメリカというものは合理的に形成された国家であるため、とても「わかりやすい」。ただ、本書をもってアメリカがすべて解明されたわけでないのも自明である。アメリカにはこのような制度空間だけでは割り切れない闇をたくさん抱えている。そのようなものに肉薄するためにも、基本的には本書のような理解が必要であろう。

海老坂武『加藤周一』(岩波新書)

 

加藤周一?二十世紀を問う (岩波新書)

加藤周一?二十世紀を問う (岩波新書)

 

 加藤周一は戦後を代表する評論家であり、合理的な観察者であった。彼の功績としては主に、雑種文化論、『羊の歌』による戦後社会の描写、日本文学史などが挙げられる。

 雑種文化論とは、日本の文化には日本と西洋が混ざり合っていて双方とも抜き難く混合している、という主張であり、それゆえ片方を純粋化する国民主義近代主義は誤りで、むしろこの雑種性が積極的な意味を持っているとするもの。

 『羊の歌』は加藤自身の自伝であり、活気にあふれあらゆる方向へ創造性があふれる戦後日本を活写している。

 『日本文学史序説』は文学史を問い直す画期的な論考である。日本において思想は文学において表現され、 同じ言語による文化が持続的に発展していき、文学は主に都会の文学であり、日本人の世界観は外来文化の日本化により形成されてきた。

 加藤周一は鋭利な知性を備えた戦後を代表する評論家であり、彼についての手ごろな概説本が出たのは嬉しい。今実際彼の著作を読んでいるところであり、その助走として全体観を把握できてよかった。まずは過去の偉大な業績を消化することから現代の新たな評論は始まる。

今村仁司『抗争する人間』(講談社選書メチエ)

 

抗争する人間(ホモ・ポレミクス) (講談社選書メチエ)

抗争する人間(ホモ・ポレミクス) (講談社選書メチエ)

 

  社会に常々発生している抗争を根本から考えている本。人間は他者からの承認を求める虚栄心に駆り立てられる欲望の主体であり、そこから抗争や排除が生じる。人間の現実存在は基礎的に書字的(線を引くもの)であり、その書字的暴力から文字も貨幣も生まれた。

 共同体というものは常に他の共同体から自らを差異化しようとしており、そのために戦争が起こる。

 統治機構の成立により人間が平等になったとしても、必ずしも人間は幸福にはならず、倦怠に襲われて再び抗争を繰り返すかもしれない。人間は平等への欲求と差別化の欲求に常に突き動かされるからである。そんな中、肩書などの世俗的生存様式に自足せず、その世俗性に基づく差別と抑圧と暴力を超越する「覚醒倫理」が要求されるだろう。

 本書は人間社会の避けることのできない抗争や暴力について、その根源から解き明かした書物であり、様々な含蓄を含んでいる。「覚醒倫理」なる解決策はいささか理想的過ぎるかもしれないが、自分たちが日ごろいかに世俗的な物事に汲々として無駄な心労を費やしているかを考えると、何か倫理的な転回が必要なのではないかとも思えてくる。

今村仁司『交易する人間』(講談社学術文庫)

 

  人間の付き合いをは相互行為であり、「交易」である。交易によって人はモノと観念を互いに移動させ、交易を連鎖させながら制度を作り上げていく。本書はその贈与と交換の社会哲学である。
 贈与体制が崩壊することで近代世界が生まれ、私的所有体制の一元化が生じた。資本主義の発生である。資本主義の発生により、相互扶助や客人歓待といったモラルが破壊され、自己関心=自己利益の極大化、功利主義的原理が席巻する。共同所有、人格的所有など、所有類型の組み合わせが求められる。
 本書は社会的人間を根源的に哲学する大変興味深い書物であり、近代の産物としての資本主義体制への批判にもなっている。社会哲学の本の紹介を頼まれたら真っ先に紹介する本だと思う。ここに社会哲学のイロハがあると思う。

加藤晴久『ブルデュー 闘う知識人』(講談社選書メチエ)

 

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

 

  現代の社会学者として注目度の高いブルデューへの入門書。批判的知識人として、現実を直視し、チームワークを重んじ、何か役に立つことをしようとしていた。教育改革など政治に対する発言も積極的に行った。彼の理論的なタームは後代に影響を与えた。

 「ハビトゥス」:知覚し評価する仕方、行動する仕方。子供が家庭環境などで獲得するのが一次ハビトゥスで、学校や職場などで獲得するのが二次ハビトゥスである。

 「資本」:経済資本、文化資本、社会資本、象徴資本がある。経済資本は経済力。文化資本は学歴・教養など。社会資本は個人や集団が持っている諸社会関係の総体。象徴資本は人が持つ資本の権力性を正当と認めたときのその社会的重要性。

 「界」:社会空間が分化してできる、相対的に自立した空間。

 ブルデューは理論も実践もともにこなした巨大な知識人であることがよく分かった。その背景にはサルトルフーコーなどの知識人像もあったようだ。理論的にも、特に真新しいものだとは思わないが、重要な概念を適切に分類していて大変参考になるものだった。これから原典に当たっていきたい。