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長谷川三千子『バベルの謎』(中公文庫)

 

バベルの謎―ヤハウィストの冒険 (中公文庫)

バベルの謎―ヤハウィストの冒険 (中公文庫)

 

  本書は旧約聖書天地創造からバベルの塔までの記述をある一つの観点からとらえなおしている評論である。

 旧約聖書を書いたのは主に一人の人物であり、その人物を「ヤハウィスト」と呼ぶ。ヤハウィストがどのような意図でこの物語を書いたか、その一つの解釈を示すのが本書である。著者によると、ヤハウィストは「神と人と地」とのドラマを描いた。

 ヤハウェ神は、得体が知れず常に死とつながっている「地」を呪い、「地」と対立し、自らの創造物である人間と「地」とを切り離そうとした。その観点から、楽園追放、大洪水、カインの物語、バベルの塔の物語を大胆に解釈していく。

 本書は極めて筋道の通ったまっとうな評論であり、もちろんこれは聖書の一つの解釈に過ぎないが、読んでいて極めてスリリングで楽しい解釈である。楽しく読めてしまうから自然と聖書の内容も頭に入ってしまい、聖書入門にも適した本である。長谷川にはもっと評論を書いてほしかった。

早朝出勤について

 うちの会社の出勤時間は8時30分である。だが私はいつも7時には出勤している。その前は一年間ほど6時に出勤していた。
 早朝出勤には理由がある。まず、私は夜の残業が好きでないこと。夜の残業は仕事の効率が悪く、かつバイオリズム的に言って健康にも悪く、ついダラダラとおしゃべりをしてしまったりと総じて生産性が低い。
 それに比べて、朝の超勤は効率がいい。頭脳が一番冴えている時間帯だから、特に文書をまとめるなど頭を使う仕事に適している。健康にもよく、人が少ないから無駄なおしゃべりもない。
 また、朝早く来ることでその日の計画を立てることができる。その日やるべきことを頭の中で組み立てているので、勤務時間が始まったらすぐに仕事に取り掛かることができる。勤務時間は他人と一緒にやる仕事に時間を充てて、孤独にやる仕事は朝やればいい。
 仕事が少なく時間を持て余すときには読書の時間に充てる。仕事に関する読書は職場でやるのが一番である。朝の頭の働く静かな時間なので読書は捗る。私はそれでもう何冊も仕事関係の本を読破してきた。
 また、早朝出勤する人は総じて仕事が好きな人である。だからお偉いさんや出世コースに乗っている人など尊敬に値する人は朝早く出勤することが多い。そういう人たちと親密になれるというメリットもある。
 そして、早朝出勤は基本的に前倒しの思考法である。仕事を後回しにする思考法とは正反対で、できる仕事は期限よりも早く終わらせてしまおうという思考法である。前倒しの思考法は個人の業績を上げ、ひいては組織の業績を上げる。
 このように、早朝出勤には様々なメリットがあり、それゆえ私は入社以来ずっと朝早い出勤を心がけている。

原田泰『ベーシック・インカム』(中公新書)

 

  新しい社会保障制度としてのベーシックインカム。本書はその導入の必要性や可能性、理論的背景などについて論じている。

 従来、日本の労働者は会社によって守られてきた。だが正規雇用の減少と非正規雇用の増大によりワーキングプアの問題が発生している現状では、会社による生活保障は期待できなくなった。また、従来からある生活保護制度などは適切に機能しておらず、貧困者を救う機能を果たせていない。

 ベーシック・インカムは、誰にでも等しく同額を給付する社会保障制度である。これは功利主義リベラリズム社会主義などによって支持される一方、リバタリアニズムなどには支持されない。

 これらの点について議論したのち、本書は月額7万円のベーシック・インカム給付が実現可能だとしている。実際、国際的にみればオランダではすでにベーシック・インカムを導入しているし、検討中の国や地域はあったはずである。貧困の問題の解決をベーシック・インカムに一元化し、それ以外の問題に福祉官僚が専念するという未来像は確かに望ましいかもしれない。いずれにせよ、これは実際に制度を導入してみないと、その功罪ははっきりと見えてこないのではないか。その意味で、先立って導入した他国の現状を注視する必要がある。

メンタルヘルスとハラスメント

 企業は生産性を上げるため、経営学的観点から業務の効率を上げようとする。その観点から職員の心の健康をケアするメンタルヘルスや職員の業務効率を下げるハラスメントの防止を語ることもできる。だが、メンタルヘルスとハラスメントの思想の根底には、個人の尊厳や個人の生活の質の問題も含まれていると思われる。だから、メンタルヘルスとハラスメントの思想は経営学的思想であるだけでなく、法的思想でもあり、衛生学的思想でもあるわけだ。
 職場の不要なストレスをなくし、職員の心の健康に配慮すること、一方で職員の側でも自らのストレスなどをうまくコントロールし、心の失調に至らないよう配慮すること。組織と職員の両側面からメンタルヘルスは配慮される。そのことによって、職場の生産性を保ち、休職や退職のコストを減らし、労働災害を防ぐ。メンタルヘルス経営学的思想からこのように説明される。それに加えて、憲法では個人に健康な生活を保障しているため、心的な面で健康である権利を守るという意味でメンタルヘルスは配慮される。また、ストレスの少ない生活は個人の生活の質を上げる。そのような配慮もある。
 ハラスメントは加害者と被害者がいる厄介な事例である。被害者へのケアを怠るとマスコミへのリークや訴訟などによる危機管理上の問題が生じるし、ハラスメント加害者というレッテルを貼られた加害者へのケアも必要である。組織としてハラスメントを防止するのは当然として、ハラスメントの定義やその害悪を職員に理解してもらい、ハラスメント加害者を作り出さない体制づくりが必要である。それと同時に、ハラスメント被害者を作り出さない工夫も必要である。職場で誰かを孤立させない、新人や仕事に不慣れな人、優しい人を保護する、部下であっても上司を適度にけん制するよう心がけさせる、など様々な工夫が必要である。
 ハラスメントは個人の人権を蹂躙する明白に違法な行為であり、もうとっくに法治国家である日本において許容できる事態ではないということが大前提である。法的観点からは、ハラスメントは違法であり、訴訟に至ってもおかしくない。また、ハラスメントは業務の効率を明確に下げ、経営学的観点からも望ましくない。なにより、ハラスメントが起きたときの対応に終始することで本来の業務ができなくなってしまう。また、職場の人間関係を破壊し、職場の居心地が悪くなる。
 このように、メンタルヘルスとハラスメントの思想が近年広がりを見せていることには理由があり、それは今まで放置されていた非効率や人権侵害を防ぐために必須であるからである。これからの日本は効率性重視、職員のWLB重視の方向に動いている。労働人口が少なくなり、労働者一人一人を大事に育てていかなければ国が立ち行かなくなってきている。昔は労働者というものは「替えがいくらいでもいる存在」だったかもしれないが、いまや労働者は「かけがえのない存在」に変わってきている。メンタルヘルスとハラスメントの思想をどんどん推進していかなければならない。

植原亮『自然主義入門』(勁草書房)

 

自然主義入門: 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー
 

  哲学の諸問題を科学でもって解決しようとする自然主義の入門書。

 自然主義の概略は、①ノイラートの船の比喩、②異星人の科学者の視点により捉えることができる。ノイラートの船とは知識の形成や理論の改訂において哲学者も科学者も同じ船に乗っているという主張であり、哲学と科学の連続性や知の歴史的継承性を主張するものである。異星人の科学者の視点は、人間をあくまでも生物の一種としてとらえる非例外主義的な視点である。

 このような原理的視点から見ると、心が生得的に出来上がっているとする生得説と心は経験によって形成されるという経験主義の対立を、人間の心が直観的に働くシステム1と熟慮的に働くシステム2の二つのシステムから成るとする考え方で解消できる。また、人間の独自性を理性や言語に求める伝統的な合理説に対しては、人間は生まれながらのサイボーグであり、人工的な思考ツールを取り込み環境に築かれた外的足場と協調できるようになっているという自然主義的な反論がなされる。

 分析哲学の大きな流れである自然主義の入門の入門というべき書物である。教科書的に構成されながらも議論の面白さを損なわないという優れた入門書であるといえる。非常にわかりやすく単純化されて書かれているが、自然主義の実際の議論はもっと複雑で難解なものである。賛成するのであれしないのであれ、現代哲学は自然主義の方向に向かっている。