社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

尾崎俊哉『ダイバーシティ・マネジメント入門』(ナカニシヤ出版)

 

ダイバーシティ・マネジメント入門

ダイバーシティ・マネジメント入門

 

  昨今話題になっている多様な人材を用いた経営の在り方についての入門書。

 企業が競争力を再構築するうえで効果を上げるダイバーシティ・マネジメントは、以下の三つである。

①同じ能力を持つ人材(同一財)であれば、同一労働同一賃金に基づく賃金の抑制と生産性の向上。

②多様な能力を持つ人材(多数財)であれば、采配を通し、人材の適材適所による「静的成長」

③多様な能力を持つ人材(多数財)であれば、采配を通し、創造的破壊とイノベーションを促しての「動的成長」

 これらを実現するための経営の質を高める必要がある。

 本書は昨今話題になっている、男女差別や人種差別による待遇格差に対する一つの理論的回答になっている。日本における女性差別も丁寧に分析していて、理由のない女性差別は企業の効率を下げるとしている。とりあえず、世界的に見て労働効率が悪いと言われている日本であるから、理由のない男女差別をなくすことで、労働効率は少しでも改善するのではないだろうか。

用地職員を2年半やって分かったこと

 私は今用地職員3年目であり、おそらく今後は用地職員をやらないであろうと思う。だが、用地職員の経験は貴重なものであり、私はそこから多くのものを得ることができた。もちろん、用地職員は二度とやらないつもりではあるが。

1 用地職員とは
 公共的な事業を行うにあたって必要な土地を買収したり賃借したりする際に、実際に現地住民と接触し、土地売買契約や土地賃貸借契約を取り交わす職員である。住民対応が多く、また住民の権利関係というデリケートな部分に接する仕事であるため、ストレスが多く、心を病む職員も後を絶たない。

2 コミュニケーション能力
 用地職員に要求されるのは何よりもコミュニケーション能力である。これは単なる説明能力とは異なる。用地職員は土地売買などの説明に際して、常に相手方に気配りをしなければならない。上から目線で説明するだけでは相手の納得は得られない。事業に協力していただくことに対する感謝の姿勢、誠心誠意対応するという姿勢、そういうものを示しながら丁寧にコミュニケーションを行う能力が必要とされる。そして、相手方の要望などに対して臨機応変に対応する能力も必要である。

3 スケージュール感
 用地契約は、工事に先だって必要となるものであるため、工事のスケジュールを頭に入れたうえで契約を結ぶスケジュールを組んでいかなければならない。しかも、一人の職員は複数の案件を同時にこなさなければならないから、期限が早く来るものから優先的に取り組んでいき、常にスケジュール意識を念頭に入れたうえで仕事に取り組む必要がある。そして、このスケジュール感は常に前倒しである。工事は基本的に早ければ早い方がいい。

4 結果主義
 用地職員は、契約をとってナンボの仕事である。契約締結という結果を出さなければ評価されない。確かに難航する交渉もあると思う。だが、頻繁に足を運んだり丁寧に依頼したりして、何とか契約締結という結果を出さなければならない。社会人の鉄則である結果主義がもろにあらわれてくる仕事である。ここで結果主義が叩き込まれる。

5 現場主義
 用地職員は現場をよく観察する必要がある。買収などを予定する土地がいったいどのような土地であるか、またそこの地権者がどういう人であるか。土地を評価するにあたっても、現場の状態を確認するのが基本であるし、何よりも工事がその現場でどのように行われるかを頭に入れる必要がある。極めて具体的な思考が求められる仕事である。

6 専門性
 用地職員は物件の補償や登記なども行う。ところで、この補償や登記というものにはかなり専門的な知識が必要である。そういう専門的な知識を飽くなく探求していく探求心と旺盛な知的好奇心が必要である。だから、用地職員は大体勉強熱心になる。また、補償や登記に限らず、用地を買収するというだけで様々な問題点が生じてくるので、事例集などをよく読み用地契約にこぎつけなければならない。このような専門性が身につくのはなかなか良いことである。

 

浅野順一『ヨブ記』(岩波新書)

 

ヨブ記―その今日への意義 (1968年) (岩波新書)

ヨブ記―その今日への意義 (1968年) (岩波新書)

 

  旧約聖書ヨブ記への導入の書物。

 ヨブ記において、義人ヨブは神によって財産や家族を奪われ、病気に伏してしまう。正義の人ヨブは、なにゆえに苦しまなければならなかったのか。

 神は、ヨブに対して責任を求めていた。この世界に起こる出来事に対し傍観的な態度をとらず、まじめに取り上げ真の解決へと導いていく責任。ヨブが自らの不幸を嘆いているだけでは傍観者的態度に過ぎない。主体的に自らの苦痛と向き合う責任があるのだ。

 また、ヨブは傲慢であった。人間のあずかり知らぬ神の意志を、人間の知識や解釈で理解しようとした。人間の学問や知識を超えたところに宗教や信仰が芽生えるのである。

 ヨブ記は非常に難しい文章である。旧約聖書の中でも、文学性や哲学性において優っている。このようなヨブ記を読解するのは至難の業であるが、それゆえ、人生や宗教についてかなり多くのことをヨブ記から学ぶことができる。本書はヨブ記の読解を試みている野心的な書物であり、知的刺激に満ちた良書である。

老害とは何か

 どんな組織でも新陳代謝は必要です。ですが、新陳代謝というのは、必ずしも人材を異動させることだけには限りません。古くからその組織にいる人であっても、その時代に応じた考え方に絶えず自分をアップデートできる人ならば、そのアップデートが新陳代謝になります。つまり、考え方や価値観の新陳代謝が重要であって、人材の新陳代謝はサブ的なものだと私は考えています。
 このような時代に応じた価値観のアップデートができない人は老害予備軍です。もちろん、アップデートできないのは仕方ないかもしれません。高齢かもしれないし、それまでの成功体験にしがみついているのかもしれない。アップデートできないだけなら、まあ、昔気質の人だね、で済むのですが、問題はそのようなアップデートできない人が若い世代にまで自分の価値観を無理やり押し付けようとすることです。ここに老害というものが発生します。
 今の時代には今の生き方・考え方・働き方があります。これは社会の流れであり現実の要請なので、それに対応していかなければなりません。よくある失敗例は、老害が「今どきの若い者は…」と言い出す例のくだりです。これは結局老害が現代に全く適応できていないということを示す証拠にすぎません。もちろん、現代に適応できない人は適応しなくていいのです。そういう人たちはそういう人たちで集まればいい。
 現代に適応できない人が現代の流動する価値観に対応しきれずに、硬直した思考で昔の価値観を押し付けること。これは世代間の軋轢を生み出しますし、若い世代に無用のストレスを与えますし、若い世代の健全な発展を阻害します。若い世代は現代の価値観に敏感であり、現代の価値観に沿って社会にうまく適応していきます。そこに昔の価値観を押し付けて、社会とのスムーズな接続を阻害するのはただの害悪にすぎません。組織にとっても害悪です。
 結局老害とは、時代に応じた価値観のアップデートができないうえに、昔の価値観を若い世代に押し付けて、若い世代の業績や社会への適応を阻害する人たち、ということだと思います。そして、老害は決して年齢的に上の世代だけがなるものではないのです。30代の人だって硬直的な価値観を押し付けるようであれば立派に老害です。みなさん、老害にならないように気をつけましょう。

山口育子『賢い患者』(岩波新書)

 

賢い患者 (岩波新書)

賢い患者 (岩波新書)

 

  COMLという民間団体で活躍している著者が、自らの経験とCOMLでの活動についてまとめている本。

 1990年代当時、いまだ病院と患者は対等ではなかった。情報の非対称性が歴然とあり、病院の側は患者の情報を入手しても患者には公開せず、治療方針などについても十分患者に説明することはなかった。

 そこで登場したのがCOMLであり、患者の権利を守ろうと活動を始めた。「患者と医師との関係はお任せでも対立でもない」両者の誠実な話し合いが必要なのだ。COMLは「いのちの主人公は自分自身」と患者の意識を高め、そうしているうちに医療をめぐる状況は改善していった。

 COMLは患者からの電話相談を受ける。また、「医者にかかる10箇条」として医者にかかる際の心構えを示し、賢い患者になる手助けをする。また、模擬患者の育成をし、初期研修医の成長の手助けをし、病院探検隊を派遣し病院に様々な改善点を伝える。

 本書は、医療関係のあるNPOの理事長である著者により書かれた、そのNPOの全容である。一貫して患者の権利を守り、そのために患者自身の意識を変えていこうとする試みは素晴らしい。医者と患者の間には、現実的な不平等が今でも横たわっている。その不平等をいかに解消し、患者の側が満足した医療を得られるか。COMLの活動をこれからも応援していきたい。