社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

宮川努『生産性とは何か』(ちくま新書)

 

生産性とは何か (ちくま新書)

生産性とは何か (ちくま新書)

 

  生産性を向上させる方法について経済学的観点から論述した本。

 生産性とは、投入された全要素に対してどれだけ生産が行われたか、また付加価値を生み出しているかによってはかられる。製造業は比較的生産性が高いが、サービス業は生産性が低い。現代、産業構造が製造業からサービス業へと移行する中で生産性の低下が生じたが、IT革命によってアメリカを中心にサービス業の生産性も向上している。

 知識資産や社会資本整備、つまりノウハウや公共投資は、現代産業のインフラ整備となり、他産業へと利益が波及するスピルオーバー効果を持ち生産性が高い。また、非効率な企業が撤退したり新規起業が盛んであったりして産業の新陳代謝が活発だと生産性が上がる。古い考えにとらわれず考えを新しく改め、競争性・合理性・多様性を高めることが国の生産性を高める。

 本書は経済学者による主に日本の生産性の分析であり、日本の生産性の低さが注目されている昨今、いかにして生産性を高めたらよいか経済学的に処方箋を提示している本である。漠然と生産性と唱えるのではなく、生産性を厳密に定義したうえ科学的・説得的に議論がなされているので、とても参考になる。いろんな方にお薦めしたい。

 

妻帯するということ

 私は最近結婚したのだが、妻帯するということはかなり人生の効率を上げるように思う。
 まず、結婚に至るまでに相手と親密な関係にならなければいけないが、そこでは高度なコミュニケーションスキルが要求される。初めからコミュニケーションスキルを持っていなくても、愛する人とやり取りするには高度な心の読み合いや細やかな気遣いなど、かなり機微に富んだコミュニケーションが取れるように人はスキルアップしていく。
 また、恋愛関係というものは相手から自分の存在を肯定されるという関係であるが、これは自分の自信や自己肯定感を強める。人は些細なことで傷つかなくなるし、確固とした自律した自我が形成される。結局自己肯定には他者からの肯定が不可欠なわけであり、他者からの全面的な肯定である愛される経験というのは人間を非常に健康的にする。
 そして、妻帯して共に暮らすと、争いを少なくしていれば家庭が自分の居場所となる。仕事で多少ストレスがあったとしても妻と会話していればそのうち薄れてしまう。妻と雑談しているだけで負の感情など抱いている暇がなくなる。妻帯するということは人間の負の感情や攻撃性を減少させるのである。
 また、同居は経済的に効率が良い。それまで一人暮らししていた二人の人間が一緒の家で暮らすということは、生活費の節約になるし、お互いに助言し合うことで知恵を出し合い生活の効率化が期待できる。妻帯とは大きなシナジー効果を生み出すのであり、それによる互いの人間的成長は大きなものである。
 以上、妻帯するということはコミュニケーションスキルを高め、精神衛生を増進し、攻撃性など負のモメントを低減し、生活におけるシナジー効果を生み出す。お互いの人生の効率を上げることだと思う。

下田淳『ヨーロッパ文明の正体』(筑摩選書)

 

ヨーロッパ文明の正体: 何が資本主義を駆動させたか (筑摩選書)

ヨーロッパ文明の正体: 何が資本主義を駆動させたか (筑摩選書)

 

  ヨーロッパで資本主義が発達した要因について解説した本。

 今西錦司の棲み分け論を歴史学に応用すると、二つのレベルで考えることができる。

①自生的・生態学的棲み分け 生活場所の分かち合い。ヨーロッパでは分散・競合して均衡するような人口・権力の棲み分けが行われた。

②能動的棲み分け 積極的・強制的棲み分け。空間や時間などを積極的に整理整頓・スケジュール化する。

 ヨーロッパに特徴的な自生的・生態学的な人口と権力の棲み分けが、市場の棲み分けを生み、そこから万人が富の分配を受けるチャンスのある富の棲み分けが生じた。権力が分散しているため上からの圧力が弱く、人々は富の棲み分けにより理系に舵を取り、科学技術が発達した。また、富の棲み分けは農村に貨幣関係のネットワークを生み出し、これが19世紀に資本主義社会として制度化された。

 本書は、ヨーロッパの資本主義を棲み分け論から説き起こしている画期的な本である。ヨーロッパは人々が分散し、小都市が分立してそれぞれに権力を持っていたため、上から弾圧されることなく市場や科学技術が発達した。それが貨幣関係のネットワークを発達させ資本主義を生み出す。一つの仮説として面白いが、もちろん資本主義はもっと複雑な要因で生まれてきたのだろう。歴史学において仮説を立てることの面白さを感じた。

貴戸理恵『「コミュ障」の社会学』(青土社)

 

「コミュ障」の社会学

「コミュ障」の社会学

 

  主に不登校をめぐる社会学的研究。

 コミュ障というものはコミュニケーション障害の略であり、主に学校や企業でその場の輪に溶け込めない状況を指す。コミュ障の人は居場所がないなどの生きづらさを抱えている。

 学校で居場所がないといえば不登校問題がある。これについては不登校を病理とみなす立場から、多様な生き方の一つとみなす立場への転換があり、もはや学校や企業にちゃんと通うということが「正常」でそれができないのが「異常」という考えは取られていない。誰もが生きづらさを抱える現代、不登校はその生きづらさの一つの形態でしかない。

 不登校などコミュ障に苦しむ人たちが、自らの居場所を見出すためにフリースクールなどが発達している。そこでは彼らは当事者として主体的に語り、また他の当事者の声に耳を傾け、対話やアウトプットに励んでいる。それは必ずしも治療を意味せず、学校や企業に復帰することが目的でもない。

 本書はコミュ障についての社会学的研究であるが、内容としては不登校についての研究が大半を占める。学校や企業というところになじめない人たちの生きづらさについての研究である。世の中に居場所がない人たちは一定数いて、そういう人たちを否定するのではなく多様性の一つの形態としてありのまま受容するということ。それは現代社会に必要な態度なのではないか。

藤野寛『「承認」の哲学』(青土社)

 

  アクセル・ホネットの承認論の解説といったところ。

 自己の欲求の実現をはかるとき、その欲求は社会的に他者の影響を受けざるを得ないため、自己実現は純粋な自己の実現ではない。自分自身の欲求と肯定的に向き合うためには他者からの承認が必要なのである。

 社会生活とは、コミュニケーションとは承認をめぐる闘いである。承認には3種類ある。①愛、②人権尊重、③業績評価である。愛とは究極のえこひいきである。人権尊重とは、人々の差異にもかかわらず等しく尊重することである。業績評価とはえこひいきしてはいけないが基準に基づき差をつけねばならない。

 社会から承認を求めるとき、我々はどうしても支配的価値観におもねることになりがちである。だが、我々は支配的価値観を軽蔑しながら生きてもいる。より高度の自律性を人に可能にする承認こそ適切な承認である。

 本書は最近SNSなどでよく問題とされる「承認」を哲学的に取り扱った、ホネットの議論を丁寧に解説したものである。差異あるものを差異あるものとして肯定的に承認していくという基本的な立場は、多様性を増していく現代社会に必須のものであろう。また、コミュニケーションを単なる和解の装置ととらえるのではなく、そこには絶えざる承認をめぐる闘争があるのだと考えるのは現実的である。とにかく、「承認」をめぐる議論を一通り読むことができるのでお薦めの本である。