社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

森岡孝二『就職とは何か』(岩波新書)

 

就職とは何か――〈まともな働き方〉の条件 (岩波新書)

就職とは何か――〈まともな働き方〉の条件 (岩波新書)

 

  2011年当時の就職をめぐる状況を教科書的にまとめた本。

 大学生は早い段階から就職活動を行わなければならず、そこでは就活鬱などの問題が存在し、就職先も非正規雇用が増え、サービス残業長時間労働などの問題が存在し、安定雇用の神話も崩壊した。総じて若者にとって就職は厳しい状況を生み出している。

 まともな労働時間とまともな雇用、まともな賃金とまともな社会保障を実現するため、正規社員と非正規社員との間でワークシェアリングするのが望ましい。正規社員がサービス残業している時間を非正規社員に割り当てることで、正規社員の労働時間短縮、非正規社員の待遇向上が図られる。

 本書出版から時を経て、現在では就活も後ろ倒しになり、パワハラ防止法の制定、年休取得義務化、超勤縮減など労働をめぐる状況は少しずつ改善されている。著者を含め多くの識者の問題意識や提言を受けての改善だと思われる。このようにして少しずつ社会がより良い方向へと向かっていけばいい。

廣瀬陽子『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)

 

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)

 

  現代におけるロシアと中国との関係を詳説した本。

 中露関係は「離婚なき便宜的結婚」と呼ばれている。中露は、反米、多極的世界の維持、という点において共通の利害関係を有している。また、軍事やエネルギーなどの経済的実利においても協力関係にある。

 他方、両国が主導したい影響圏(旧ソ連、東欧、北極圏)において、中露は地政学的戦略が重なっており、対立している。中露の「蜜月」は、利害が一致する部分と相反する部分のジレンマを抱えたものなのである。

 本書は、中国とロシアとの現代国際関係史であり、そのような中国とロシアと関わっている日本の立ち位置についても論じている興味深い本である。最近アメリカや中国についての言説は多いが、ここまでロシアについて詳細に語っている新書にはなかなかお目にかからなかった。現代ロシア、現代中国について知りたくなった。

政治と文学

 政治と文学については多くの議論がなされてきた。有名なものでは第二次世界大戦後に交わされた「政治と文学論争」があり、文学の政治への機械的従属VS文学の政治からの自立・作家の主体性獲得、という論争がなされた。私としては政治と文学のどちらかがどちらかを支配するというより、作家が主体的に文学を制作しはするけれど、そこには必ず何らかの政治的なモメントが含まれている、と考えている。政治と文学は不即不離なのである。
 文学は多くの場合、作家の実存に食い込んできたものを表現する。いわば作家はみずからの実存に食い込んできたものの衝撃に耐えきれず作品を書いてしまうのだ。実存への嵌入ということが文学作品の成立の動機となることは多いはずだ。ところで現代社会において、これだけ人々が文化や制度にまみれて生きていると、作家の実存に食い込んでくるものはたいてい何らかの社会性を帯びている。それはその時代の人間関係であったり、その時代の科学技術の所産であったり、その時代の社会的制度だったりする。例えば就活に失敗した主人公を描く場合、そこでは現代の雇用制度が深く実存に食い込んでいるだろう。また、例えばウェブ掲示板への書き込みをする主人公を描く場合、現代の情報社会が実存に食い込んでいるはずだ。
 現代社会において、人間はもはや社会的なものにすっかり包囲されてしまっていて、社会的なものは人間の実存に食い込んで離れようとしない。そのような実存から主体的に発される文学は必ず政治的色彩を帯びているのである。かといって、政治が実存を支配しているわけではなく、あくまで実存は現代的な主体性や自律性を獲得しながら、自らの表現方法を模索しつつ、それでもその表現には政治的なモメントが入らざるを得ない。これが現代の政治と文学の在り方だと思う。

藤田・宮野『性』(ナカニシヤ出版)

 

性 (愛・性・家族の哲学 第2巻)

性 (愛・性・家族の哲学 第2巻)

 

  性をめぐる初心者向けの論文集。

文化人類学の観点から性の多様性について論じる宮岡論文。

LGBT当事者へのインタビュー。

③エンハンスメントとしての美容整形について論じる佐藤論文。

④脳の性差について論じる筒井論文。

⑤ピルについての紹介と議論を行う相澤論文。

フロイトラカンの問題系から恋愛の哲学を講じる古賀論文。

 シリーズ「愛・性・家族の哲学」第二弾としての本書は、性についての多様な論文を収める。性というものについての何らかの体系を示すというよりは、性をめぐって多様な軌道を旋回するかのようだ。LGBTの話は予想していたが、美容整形やピルについての論文は予想していなかった。最後の古賀論文が一番哲学的でよく練られていたと思う。

矢内原忠雄『日本精神と平和国家』(岩波新書)

 

日本精神と平和国家 (岩波新書 赤版 100)

日本精神と平和国家 (岩波新書 赤版 100)

 

  終戦後の矢内原の伝道活動としての講演を二本収録している。

本居宣長の系譜を継ぐ日本主義者は、神の世界を正邪善悪混合する人間社会のようなものととらえ、神を人格的な絶対者として捉えない憾みがある。日本主義者は人間や社会についても現状是認的で、道徳の理想を唱えたり観念を掲げたりしない。ところが、人間の人格的完成や理想社会としての神の国を待望するのが日本をよりよくすることにつながるのである。

②平和国家の建設についても、それを損得の問題とせず、カントが唱えるように義務の問題、理念の問題としてとらえるべきである。平和国家を担う国民をつくるためには、教育によって真理を愛する個を立て、平和人をつくる必要がある。心理を愛し、神を畏れ、平和人として平和国家の理想を追求することが国際平和を導く。

 本書は矢内原忠雄の講演を二本収録しているが、どちらもとても読みやすく、また矢内原の思想を凝縮している。安易な現実肯定論ではなくあくまで理念・理想を尊ぶこと。そのことにより国の再興や平和の実現をもたらすこと。その根拠として絶対的な神へと帰依すること。神学と政治学が切り結ぶこのあたりの論点はとても面白いと思う。このような時代がかつてあったし、これからまた来るかもしれない。