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社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

ロースクール生活

■所属ロースクールの印象・雑感

私の在籍するロースクールは適性試験の点数のボーダーラインが低いので、大したことがないのではないかと思っていたのだが、実際に入学してみると優秀な方が多くて驚いた。単に私が法律ができないだけかもしれないが。私は既習者で入学したが、もっぱら適性試験と学部成績で点を稼ぎ、法律の論文は大して書けなかった。だから入ってからとても苦労している。予習課題を解く前提としての知識が著しく不十分だから、いちいち基本書で丁寧に確認しなければならず、ほかの人よりも余分に予習をしなければならないからだ。だが、それだけに、日々前進しているという実感がある。

■裁判所見学での思い出

9月26日に裁判所見学をしてきた。

私たちは、世の中で行われていることのほとんどを知らない。例えば納豆の製造過程がどのような手順でどのような機械を用いてどのような人間の作業が介在して行われているのかを多くの人は知らない。私にとって、裁判の過程もまた、納豆の製造過程のように未知の営為であった。もちろん抽象的な裁判の流れは知っているが、それが具体的にはどのような施設で、どのような人間によって行われているかを知らなかった。

裁判の過程を実際に見学して、私に対してひとつのそれまで不完全にしか知らなかったプロセスが開示された。抽象的なフローチャートとしてではなく、物質や音声や雰囲気の感覚的経験、そして具体的な時間の流れとして裁判の過程が経験された。しかも、私の見学した裁判の過程は、それ以上でもそれ以下でもない、まさに裁判そのものなのである。

懇親会の席で不愉快なことがあった。私たちが当事者尋問(民訴207条1項)を傍聴した事件は、損害賠償請求事件で、交通事故により後遺症を負った原告に対する尋問がなされた。私は隣にいた裁判官に、原告が歩くのも不自由であったことを告げたら、その裁判官は、「いてててて、みたいな感じ?あははははは。」と軽く笑い飛ばしていた。私にはそれが不愉快だった。私には原告が演技をしているようにはとても思えなかったし、たとえ心理的な要因で障害が長引いているとしても、彼女の苦しみは並大抵のものではないはずなのだ。当事者の苦しみを茶化すような裁判官に、まともな裁判ができるようにはとても思えない。私はとても悲しくなった。