社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

心理的関与

 民法総則の詐欺・強迫が、刑法の詐欺罪・恐喝罪とある程度対応するのは分かる。しかもこれらは両方とも被害者を保護する規定である。ただ、民法の意思表示の瑕疵の規定は、自由な意思決定の利益を保護するのに対し、刑法の詐欺・恐喝は、財産上の利益を保護するものである。

 ところで、民法の任意代理(民99)もまた、刑法に何らかの対応物を持たないか。任意代理は、本人が代理人の心理に働きかけ、代理人に意思表示をすることを決意させ、代理人に意思表示をさせるものである。これは、教唆犯や共謀共同正犯と似ていないか。教唆犯も共謀共同正犯も、正犯の心理に働きかけ、正犯に犯行を決意させ、正犯に犯罪を行わせるものである。

 だが、任意代理の場合、意思表示の法的効果は本人にしか及ばず代理人には及ばないのに対し、教唆犯や共謀共同正犯では、教唆者・共謀者だけではなく実行行為者にも責任が発生する。第一行為者に重い責任が発生するのは間接正犯の故意ある幇助的道具の利用だが、この場合は任意代理と違って現実の行為者に広い裁量は認められていない。

 これは、私法上の法的効果の帰属の問題と、刑法上の責任の帰属の問題は別物だからである。実行に着手した者は処罰しないと犯罪抑止という刑法の目的は達成できない。だが、民法は、現実に意思表示した者(代理人)に権利義務を帰属させることを必ずしも要求していない。むしろ、代理人に法的効果を帰属させないことによって代理人が安心して代理できることになり、私的自治の拡充・補充という代理制度のめざす利益が充分に実現される。