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疑う仕事

 検察官や裁判官になれば、法廷において、特に刑事の否認事件において、当事者を疑わなければならなくなる。ところで、人間の日常生活というものは信頼関係が基礎であり、それがなければいろんなところで支障をきたす。人を信頼しながら日常生活で物事を運んできた人間が、信頼関係のない法廷という場においてうまくやっていけるのだろうか。信頼できない犯罪者を前にして、日常生活で妥当している信頼の原則をそう簡単に放棄できるだろうか。

 大庭健によれば、互いに信用したとおりの反応を返すというのが「責任responsibility」の関係である。そして日常生活ではたいていこの責任の関係が保たれている。責任の関係が崩壊した法廷において、それまでの責任の関係への依存をそんなにあっさりと捨て去ることができるのだろうか。やっぱりどんなにたちの悪い犯罪者が相手でも、法曹はその犯罪者を信じたくなってしまうのではないか。信頼関係への依存を、特定の法廷においてばっさり切り捨てることには、常に葛藤が伴うと思う。当事者を信頼したいと言う欲求と、当事者は信頼できないという現実の認識との葛藤である。