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過度の義務履行

 義務を履行するのに、履行しすぎることはないようにも思える。例えばある彫刻家が彫刻を作る請負債務を負っている場合、どれだけ上手に作っても上手に作りすぎることはないと思われる。だが、それは、問題になっている義務の履行が二当事者間の閉ざされた空間でなされているからに過ぎない。

 例えば裁判官の釈明義務を考えれば、釈明を受ける当事者にとっては利益だが、その反対当事者にとっては不利益である。義務の履行が権利者の利益になるだけでなく、同時に第三者の不利益になる場合、義務の履行はほどほどにしなければならない。義務の履行に行き過ぎが生じてくるのである。その意味で、裁判官には適度な釈明をする作為義務があるが、同時に過度の釈明をしないような不作為義務もあると言える。裁判官は、釈明をしないことも義務違反になるし、釈明をしすぎることも義務違反になるのだ。

 同じことは、国の社会保障義務についても当てはまる。社会保障は受益者の利益になると同時に納税者の不利益になるから、国はほどほどに義務を履行しなければならない。

 ただ、最初に挙げた彫刻家の例においても、義務の履行は履行主体の不利益にはなっている。彫刻家は時間や労力を費やしているからである。だが、行為者自身の利益は放棄可能なので、そこにおいて特に他人の不利益は生じない。だから、彫刻家には、上手に作り過ぎないようにという不作為義務は課されず、過度の義務の履行による不作為義務違反は生じないのである。

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