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社会科学読書ブログ

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倫理的な懐疑

 僕は最近、あらゆる価値を疑う状態になりました。快楽や成功や達成や栄光、すべて疑わしい。そうすると、生きていることが無意味に思えました。生きていることに価値がないのなら、生きていてもしょうがない。自殺という言葉も頭をよぎりました。

 ですが、そこで、デカルト的な発見をしたんです。つまり、価値を疑っているとき、「真の価値を求めて疑うこと」の価値は疑っていなかったんです。つまり、僕が「疑う」という行為を実践しているとき、疑うことの価値を認めたうえで疑っていたわけです。だから、疑うことの価値は疑いえないわけです。

 そうすると、「疑うことの価値」を起点に様々な価値を導き出すことができます。疑うためにはまずは対象をよく認識しなければならない。だから認識にも価値がある。また、疑うことは代替物を創造することでより良く達成される。だから批判し創造することにも価値がある。

 認識し批判し創造することには価値がある。これを実践しているのが学問や芸術ではないか。とすると、学問や芸術には価値があることになります。

 こうして僕は倫理的な懐疑論から一応生還することができました。一度は、定義上疑いえない完全者の存在が必要なのではないかとも思い、信仰が必要なのではないかとすら思ったのですが、帰依することなく懐疑論から生還することができました。ああよかった。

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