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婚姻意思と心裡留保

 男と女がいるとする。男は本心では結婚する意思などないが、女は結婚する意思がある。そこで婚姻届を出す。この婚姻は有効だろうか。心裡留保の規定を適用すると、女が善意無過失だとすると婚姻は有効であり、男は婚姻の効力としての同居・協力・扶助義務が課される。だが、生活の基礎であり、取引のような動的安全が重要でない身分関係においてこの結論は妥当でない。実質的に結婚生活を送る意思のない男の婚姻届によって婚姻は成立すべきでない。

 今度は、男も女も本心では結婚する意思などない。ただ子供に嫡出子としての資格を与えたかった。それで婚姻届を出す。これは有効か。心裡留保の規定を適用すると、双方が悪意なのであるから婚姻は無効であり、男も女も結婚生活をすることを強いられることはない。

 だが話はそんなに単純ではない。男も女も嫡出子としての資格を子に与えるという婚姻の効果は欲しているのである。ただ、それ以外の婚姻の効果は欲していないというだけである。心裡留保で意思表示が無効とされるのは、表意者の意思を尊重する意思主義の表れだ。男女の意思を尊重して、嫡出子資格付与の限度で婚姻を有効とできないだろうか。

 一つの意思表示にもとづく意思の合致が複数の法律効果を生み出し、意思表示主体がその効果のうちの一つだけを望み他を望まない場合、その意思の合致は有効か。有効か無効かは、意思表示の相手方の意思によるだろう。意思表示の相手方もまた意思の合致から生ずる法律効果に拘束されるのだから、相手方がその法律効果を是認するとき、有効と解しても両者の意思に反しない。

 家族法は当事者の意思を財産法よりも重視するが、一方で家族秩序の公益性からその重視にも制限がかかる。婚姻の効果は画一的であるべきで、いくら男女の意思が合致していようと、嫡出子資格付与だけの効果のために婚姻を認めるべきではないという公益的な制限がかかる。

 家族法の身分行為は、取引行為と異なり、行為者の身分関係・生活関係を左右するものだから、相手方の信頼保護の要請は後退し、意思主義の要請が強まる。一方で、意思主義と対立してくるのは公共の福祉である。財産法では意思主義と信頼保護のバランスが問題となっていたが、家族法では意思主義と公共の福祉のバランスが問題となる。