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浪人

 浪人して良かったことも悪かったこともあるが、良かったことについて書く。

 何よりも、自分の人生と真っ向から向き合う時間が作れたことが良かった。制度に組み込まれていると、「自分は何者であるか」という問いに対して、擬似的な答えが与えられ、その擬似的な答え以外を考えている余裕がない。大学院では、「自分は何者か」と問われれば、まず学生であり、学生としての義務をこなしているだけでそれ以外のことを考える余裕がなかった。

 ところが制度から切り離されると、自己同一性があやしくなる。肩書きも「無職」になる。そうすると、「自分は本当は何者なんだろう」という問いが切実さを持って立ち現われる。そこで、自分というものを見つめ直す。自分というものを見つめ直すというということは、自分の人生に対して誠実に向き合うということだ。

 自分の人生に誠実に立ち向かうと、いくつかの疑問と発見に直面する。まず、「自分のやっていることは正しいのか」という疑問。受験勉強や学問、文学、芸術、あらゆるものの価値が疑わしくなり、それらの価値を再構成しなければならなくなる。次に「自分は一生で何をなしえるのか」という疑問。一生涯で価値あることをなしうるためにも日々精進しなければならない。さらに、「死」の発見。自分の死というものが切実に迫ってきて、死へ向かう実存としての自分の人生を構成しなければならなくなる。その上、「過去」の発見。自分を規定しようとすると、結局は自分の過去によって規定せざるを得ない。自分の過去というものを単なる思い出ではなく、まさに生きられかつて現在であったものとして、生々しくとらえなおすということ。

 結局、この浪人の時期は、私が自分の人生に対して誠実さを獲得した時期だった。