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社会科学読書ブログ

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成年後見と意思能力

民法学

 民法7条は、本人も後見開始審判の請求ができるとしている。でもこれはおかしくないか。というのも、成年被後見人になるべき者というものは、同条にあるように「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であり、これは意思無能力のことを言っているように思えるからだ。意思無能力者の行為は無効であるから、当然後見開始審判請求も無効にならないだろうか。

 人間が権利義務を得るのは、その者の意思による。これは行為の結果を予見できそれを負担する覚悟がある者にだけ、その行為の効力を認めようというものである。自分の行為がどのような法的効果をもたらすか理解できない者に、その行為の法的効果を及ぼすのは、その者に不当な不利益を与える可能性がある。意思無能力者は悪意ある取引相手の犠牲になりかねない。そのような弊害を除去するために、意思無能力者の行為は無効とされるのであろう。また、自分の行為の効力を理解できない人間と取引をした相手方を保護するという意味もある。意思無能力者が複雑な債務を履行できるはずがないし、そもそも履行することを意志できないのである。そのような者と取引をした相手方は信頼を裏切られることになる。だから、意思無能力者の利益保護の観点からも、相手方の利益保護の観点からも、意思無能力者の行為は無効なのである。

 ところが、民法9条にあるように、成年被後見人の行為は取り消し得るにすぎない。無効ではないのである。さらに、同条但書にあるように、日常生活に関する行為は有効なのである。つまり、民法7条の「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」とは意思無能力者のことではないことになる。成年被後見人≠意思無能力者。成年被後見人には、一定程度の能力の残存があることを、民法は予定している。