社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

 毎朝起きると憂鬱なのだが、これなんとかならんのかね。教授が言うように一ヶ月くらい休んだ方がいいのかも。たくいつは、覚えなければいけない部分が多少あるものの、量的には理論的な部分の方がずっと多いから、それなりに楽しめる。あと専門書が面白い。それなりに楽しんでいるはずなのに、やっぱり落ちたことによる憂鬱はでかい。

 思えば公務員試験のときも二年間浪人したな。でもあの頃は若かった。希望に満ちあふれていた。時間というものが湯水のようにわき出るものだと思っていた。ところが、この年齢になると、時間がとても濃密になる。時間の価値が高まる。そのような価値の高い時間をさらに費やさなければいけないという憂鬱だと思う。

 しかし、こっちのブログの方はだらだら書けていい。

 今日はやる気が起きないから、小説とか好きな本を読んでいようと思う。あと映画を見る。私は生き急いでいる。もっと肩の力を抜いてもいいはずだ。教授と話して感じたのは、僕ばかり生き急いでいて、それに対して教授は「いや、まだ大丈夫だよ」という態度で一貫していたことだ。教授に言わせれば「だって本当に大丈夫だもん」。僕にとっては大丈夫じゃないんですけど。

 生き急いでいる割には年相応の達成がないが、やむをえない事情で進路をカキカキ変更しているから仕方ないのだ。物理→哲学→公務員試験→しほうしけん。あまり言いたいことではないが、私は通常の受験生よりもかなり教養があるつもりでいる。詩ではそれなりに認められているし、小説や評論も書ける。哲学にも詳しい。それに適性試験は良かった。それを考えれば年相応の達成はあるのではなかろうか。もっと自分を肯定しないと、このままうつ病で自殺することになりかねない。それだけは避けなければ。人生は楽しいんだから。短期間の憂鬱で自分の人生をだめにしてしまってはいけない。