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社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

たくいつと論文の違い

 たくいつも論文も本質的には同じだと良く言われるが、そうでもないんじゃないかとも思える。例えば条文にしても、そうじゃない条文になることだってあり得たはずだ。例えば留置権の主張をしても被担保債権の消滅時効は進行すると民法300条あたりに規定されているが、正当な権利主張をしているのだから消滅時効の進行を停止させるという法制度だってあってよかったはずだ。いくつかの可能な法制度のうち、現行法は唯一の法制度を選択している。その理屈付けがあるわけだが、それに反対する理屈付けだってある。いくつかの可能な理屈付けのうち、条文の採用している理屈付けを覚えること。これがたくいつで言われている「考える」ことだ。確かに根本的な原理から現実の法制度を導くという思考をしているのであるが、その根本的な原理を選択するところで必ず「覚える」ということをしている。この点、論文の場合は、条文はいつでも引けるわけだから、現実の法制度がどの理屈付けを選択しているかを覚える必要はない。条文を見て、ああ、こういう制度だったか、と確認し、それを正当化する理屈を考えていけばよいのである。

 あと、たくいつにある「判例に照らして正しいものを選べ」という指示。これこそまさに、特定の理屈付けを覚えることを受験生に強制している。判例に反対することだって十分に可能だし、実際一審二審最高裁と判断が分かれたりしているわけだから、可能な理屈付けとそれに基づく結論は複数ありえる。その中の特定の理屈付けを覚えることがたくいつで言われている「考える」ことである。この点論文だったら、十分な理由さえ書けば判例に反対することも可能だ。

 だが、結局、ありうべき結論はいくつもあるということをおさえたうえで、それぞれの結論を理屈づける法理をちゃんと理解しておけば、たくいつにも論文にも対応できるわけだ。たくいつの場合は条文や判例がどれを採用しているのかを少し覚えればいい。そう考えるとやはりたくいつも論文も似たようなものかもしれない。