社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

 矢島正雄原作、弘兼憲史作画『人間交差点』に次のような話がある。主人公の男がアメリカに出張する。そこで女性の部下とともに仕事をするのだが、その部下は主人公に食ってかかってばかりなのだ。その部下は、母親が有色人種の男と多数関係を持っていたのを子供時代に見ていたから有色人種を嫌っていたのだ。だが、主人公の仕事ぶりを見ていて、有色人種に対する見方が変わって行き、いつの間にか主人公を愛するようになる。プロジェクトが終わり、主人公と部下が分かれるとき、主人公は日本に婚約者がいるから帰ってから結婚する、という。部下は泣いて立ち去る。部下は言っていた、仕事場の近くの樹の下には昔の自分の家があった、だから、自分はいつかそこに帰ってくるだろう、と。数年ぶりに主人公が戻ってくると、その木の下に乞食の女性がいた。それはかつての部下だった。仕事を転々として何もかも失ったのだった。主人公はかつての部下の名前を呼ぶ、だが、かつての部下は、「私には名前がありません」と答える。

 何が言いたかったかというと、「私には名前がありません」というくらいの深い喪失感、それ分かるよ、ということである。