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伊藤邦武『経済学の哲学』(中公新書)

経済学の哲学 - 19世紀経済思想とラスキン (2011-09-25T00:00:00.000)

経済学の哲学 - 19世紀経済思想とラスキン (2011-09-25T00:00:00.000)

 本書はラスキンの経済思想が、19世紀において主流の経済思想とは離れていたものの、いかに現代を先取りしていたかについて論じたものである。彼は同時代のスミス・リカード・ミルなどを批判していく。

(1)利己的な行動者としてのエコノミックマンを経済の主体とするのは誤りである。経済はもっと複雑で、エコノミックマンの思想は抽象的すぎる。

(2)労働を、生産のために払う賃金として、コストとして消極的にとらえるのは誤りである。労働とは積極的なものであり、それは人間の生の全人的な実現である。

(3)富とは単純に金銭的なものではない。それは、生の豊かさと結びつけて考えなければならない。富は、名誉ある富のことで、物の価値と、それを所有するものの勇気(生の機能を完成させることで他の人の生を豊かにしたいという愛)の両方によって構成される。

(4)真の経済学者とは社会の守護者である。自然と社会全体の中での人間の将来を見通すことができるものであり、穏やかで豊かな社会の確立を志向する者である。

(5)需要は供給によって決定されるのではなく、人格的な志向によって決定される。

 そして、彼の思想はエコロジーの方面に発展していく。ラスキンは、人々が助け合う穏やかな経済の基盤となる生を維持し発展させるために、自然のエコノミー(生命と環境が変化しあい支えあうこと)と精神のエコノミー(人間同士が労働を軸に支えあいつながっていること)の同調を唱えた。自然のエコノミーを破壊することは精神のエコノミーを破壊することであり、それゆえ環境は保護しなければならない。

 ラスキンの経済思想は、主流の経済学に対する批判で満ちている。それは逆に、主流の経済学の在り方をもう一度捉えなおす機会になるだろう。主流の経済学に何が足りないかを徹底的に洗い出している。