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井筒俊彦『イスラーム哲学の原像』(岩波新書)

イスラーム哲学の原像 (岩波新書)

イスラーム哲学の原像 (岩波新書)

 イスラム神秘主義とイスラム哲学の融合について書いた本。イスラム神秘主義(スーフィズム)とイスラム哲学は、そもそも全く無関係であったが、12世紀後半から13世紀前半にかけて、イブン・アラビーとスフラワルディーによって直接接触し融合した。

 スーフィズムは苦行によって経験的自我から自我の消滅へと至る道であり、本来思想とは無関係であった。そこにおいては、煩悩が段階的に弱められて行き、遂には消滅し修行者が神と一体となる。スーフィズムはその神秘的体験を体系化しようとはせず、せいぜい詩的言語で表現するにとどまった。

 そのスーフィズムを体系化したのがイブン・アラビーであり、それは「存在一性論」と呼ばれる。これは、世界の根源には絶対無があるが、その絶対無は能動的無であり、それが神として限定されることでアラーとして現れ、そのアラーの内部分節としてあらゆる現象が生まれる、という立場である。これはスーフィズムの神秘体験を理論的に説明するものであり、このような世界の構造と修行者の意識が照応しているのである。

 本書はイスラム哲学をきわめて明快に語った良書である。形而上学というものは、実証主義や実用主義からは無用なものと思われがちだが、神秘主義からするとむしろその必然的産物ともいえる。現世を超えたような体験や世界を表すためには、哲学は形而上学にならざるを得ないし、同時に形而上学はその体系に照合した神秘的体験を人間に感得させるかもしれない。