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マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』

 

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)

 

 人は語ることの出来ないことでも知ることができる。例えば人の顔を見てその顔が誰の顔であるか我々は知ることができるが、その際その顔の諸細目をどのように認識しているかを語ることはできない。全体の相について語れても、その全体の相が分かるに至る根拠となる細部の知覚については語り得ないのである。

 このような暗黙的な知は、今述べた知覚の場面だけでなく、科学者の問題の発見や技術知、芸術的創作の場面でも問題になる。そしてこの見方は、包括の仕方における階層性として、世界の構造を成すものである。例えば言葉を話すことには(1)声の発生(2)単語の形成(3)文の作成(4)文体の形成(5)文学作品の創造、という階層があるが、下のレベルで働く法則によっては上位のレベルの働きを説明することができない。より高い次元での組織原理は暗黙的に諸細目を包括するのであり、それゆえ諸細目を支配する法則では説明できないのである。

 また本書は、科学者の社会というものが、常に新しい発見に対して開かれていることによって、この暗黙知による科学的発見を支えていることについても記述している。

 本書は基本的に科学哲学の本である。科学者の発見というものがどのような原理でなされるかに主眼が置かれている。だが、暗黙知による包括という原理は、科学の領域だけではなく、広く倫理や芸術、世界の構造の領域にまで適用されることを示唆していて、非常に示唆的で射程の大きい議論である。