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佐々木毅『よみがえる古代思想』(講談社学術文庫)

 

  本書は古代ギリシアとローマにおける政治思想を概観した本である。ソクラテス以前では、ポリスにおけるノモス(掟・法)に服従するのが人々の正しい生き方であり、ヒュブリス(驕り高ぶって掟を破る)は悪徳だとされていた。人々は名誉を求めて政治的・軍事的に生きており、個人の内面には重い価値が置かれなかった。ところが、ソクラテスは魂への配慮、つまり個人が内面的に不正を成さないことを重視し、それに比べれば地位や名声など価値が低いことを示した。ここで、哲学と政治の分かれ目が生じ始めた。

 ソクラテスの教えを継承したプラトンは、魂への配慮を経たうえでそれを政治哲学に生かそうとした。彼は「善のイデア」によって、宇宙や倫理・国家の秩序付けを図り、人間の内なる魂とイデアを接続させた。そして、個人が魂へ配慮しイデアへと到達するための場として政治というものが浮かび上がってくる。それは哲人による人々の魂を正しい方向に導く政治である。ソクラテス以前、ポリスは不滅でも個人は消滅するものだったが、プラトンにおいてポリスは滅びても個人の魂は不滅であることが明確にされた。

 アリストテレスは理論学と実践学を分け、実践学においては厳密な知識は得られないとした。倫理学と政治学はこの実践学に含まれる。彼は人間は安定しないものであるから、ポリスによってよき方向に習慣づけていくために政治学が必要だとした。

 ヘレニズム期において人間は脱ポリス化し、それに伴いポリスと共にあった人生の意味付けは失われ、他方でキュレネ派・キュニコス派・エピクロス派・ストア派などの哲学が人間のよりどころになった。ストア派からは自然法が支配する世界国家・コスモポリスという発想が生まれ、ローマにおける帝国の政治家の自己抑制という思想につながっていく。

 本書は政治哲学の観点からの古代哲学史であり、そこでは政治と人生というものが結びついたり離れたりしていることが分かる。ポリス的人間からコスモポリス的人間、さらには帝国の中における人間。そして支配する者とされる者。政治が社会の問題というよりはむしろ人生の問題として考えられていて、そういう観点から書かれているので斬新だった。