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高田康成『キケロ』(岩波新書)

 

キケロ―ヨーロッパの知的伝統 (岩波新書)

キケロ―ヨーロッパの知的伝統 (岩波新書)

 

  キケロはヨーロッパの人文主義的教養の基礎として読み継がれてきた。彼の言う「弁論家」は哲学をはじめとする理論的諸学に通じ、法学をはじめとする諸実学を身につけ、そのような総合的知を最も正しく効果的に運用する人のことである。彼は「雄弁の父」として、英知には雄弁が伴わなければ力を発揮できないとした。そして、修辞学・弁論は、発想・構成・表現・記憶・パフォーマンスにより構成されているとした。

 彼は政治の重要性を唱え、それはローマでもっとも高貴な活動であり、全ての哲学よりも尊いとする。政治活動はその知的前提として哲学的修養を必要とするのである。彼はプラトンをさかさまにしたような思想を持っていた。まず、自国の歴史と文化を強調し、次に、魂ではなく国家における正義を問題にし、そして理論志向ではなく実践志向である。

 キケロは、発想の問題やパフォーマンスの問題など、無意識や共通感覚・暗黙知、言語行為といった現代哲学の諸主題につながるような思索を古代に既に行っていた。そして、単に理論にとどまるのではなく実践を重視し、極めて総合的な思考を展開した。日本ではそれほど受容されていないが、注目すべき思想家である。