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宮城音弥『愛と憎しみ』(岩波新書)

 

  人間の基本的な感情である愛と憎しみの多様な在り方について平易に解説した本。愛とは「共生のための共生」を求める欲求である。それは、頼り頼られるものであったり、性的なものであったり、本能的な友愛であったり、与える愛であったり奪う愛であったり、他人と合一するものであったりする。

 スタンダールは恋の成立を「結晶化」として詳しく述べている。恋愛は、賛嘆→接近願望→希望→共生欲求の出現→結晶化(相手の理想化)、という段階を経る。恋愛は性的な結合という目的のための手段として愛情という形で現れるものである。

 親子の愛は生物学的なものであると同時に社会的に共に暮らすことからも生じる。友情はもっと社会的で、相手との信頼関係に基づき成立する。どちらも、相手の性質についての価値づけ、相手が価値があるかどうかに依存する。また、自己愛は、貪欲・自負・傲慢、虚栄、偽善という形を取る。

 憎しみとはマイナスの共生であり、不安や欲求不満があるときに、批判や争い、攻撃という形で現れる。憎しみは好ましくない相手から自己を防衛するための感情であり、競争するときには役に立ったりもする。だが、人間の社会化はおおむね憎しみの抑圧によって成立する。

 愛と憎しみという、誰もが分かっているようで実はよくわかっていないテーマに関して、心理学の知見をもとに解説している好著である。愛はいつでも憎しみに変わりうるし、人間の心のエネルギーは様々な状況に応じて様々な姿をとる。それは、第一に自己を利する為であるが、それが他者を利することにつながることも多く、また場合によっては自己も他者も害することがある。人間が器用に生きていくためには、愛と憎しみのエネルギーを、自己も他者も利するようにうまくコントロールしていく必要があることに気づかされた。