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柏木惠子『おとなが育つ条件』(岩波新書)

 

おとなが育つ条件――発達心理学から考える (岩波新書)

おとなが育つ条件――発達心理学から考える (岩波新書)

 

  人間の発達とは、「できるようになる」ことだけでなく、「消失や衰退を補う」ことも含む。だから大人になって特定の能力が衰えてきてもそれを他の能力で補えばそれは立派な発達である。「選択ー最適化ー補償(SOC)」つまり、目標を自分の必要性に応じて選択する(S)、目標を選んだらそのための努力と工夫をいとわず自らを最適化する(O)、弱まり消失した機能を補償する(C)のが人間の発達である。

 加齢とともに人間は言語能力をどんどん増していく一方、瞬発的な知力は衰えていく。だが、頭の良さは必ずしも知能だけによらず、事務能力・時間の使い方・状況判断・計画性などの実践的能力など知能によらない能力も頭の良さには反映される。さらに、日本とアメリカでは頭の良さについての考え方も異なる。熟慮・同調を求める日本と個性・チャレンジを求めるアメリカでは、頭の良さについての評価の仕方も異なってくる。

 職場では情報を伝えるリポートトークの能力ばかり涵養され、共感の能力が育たない。一方家庭や地域のネットワークでは情感的なラポールトークの能力が涵養され、論理的情報伝達能力が育たない。現在の高齢化社会では、退職後の人間関係が重要になっており、そうすると仕事一筋で生きてきた男性は周囲にうまく溶け込めない。グループなどへの社会参加は新たな発達の場となり、そこでは平等性や個性の意識が芽生えてくる。

 家庭内での相手をケアする能力は従来女性にばかり求められてきたが、それを男性もこなすことで、男性も思いやりなどを発達させる。一方で女性も、ケアするだけではなく社会参加することで自己実現・自己肯定感を得やすくなる。特に育児においてそれは顕著であり、専業主婦の育児は、子供を育てていても自分は育っていないとの不満感を生み出す。他方、男性も育児をすることで心の柔軟性を増し自己肯定感が増す。

 「男は仕事・女は家事」というジェンダリングは男女双方の発達を片寄らせ、男女双方の満足感を低める。男性性と女性性を共に高くそなえている男女ほど幸福度が高い。それは、現代の社会において、男女とも男性性と女性性の両方が求められるようになっているからである。

 本書は発達心理学から見た現代日本社会論という風情である。旧来の「男は仕事・女は家事」という役割分担が現代では家庭や地域社会での不適合という形で顕著に現れていて、それは人がどのような環境でどのような仕事をするかによってそれに応じた発達をするからである。逆に言えば、仕事もできるし家庭を円満に維持することもできるように自らを発達させることも可能なわけであって、発達の問題は、個人がいかに自分の人生を豊かにするかという問題と不即不離である。私も男性性だけでなく適度な女性性を獲得するような発達を目指したいと思った。