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田中美知太郎『ソクラテス』(岩波新書)

ソクラテス (岩波新書)

ソクラテス (岩波新書)

 

  「哲学者ソクラテス」というよりは、「人間ソクラテス」に焦点を当てた本。ソクラテスの生きた時代や、ソクラテスの家族関係、ソクラテスにとってダイモンとはなんであったか、ソクラテスはなぜ死刑にならなければならなかったか、などについて多くの紙幅を割き、彼の哲学についてはそれほど記述していない。

 彼の哲学の要点は、精神をできるだけ優れたものにするということであり、金銭・名誉・肉体などは精神の卓越性があって初めて活きてくる。そのために智を愛し、徳を求める必要がある。人間は幸福を求める者であっても、その幸福は財産などを正しく用いることから生じるのであり、その用い方は智に基づくのである。そしてその使用の知識も、人生全般の事柄を処理する者でなければならず、一身一家のことから王の智、政治の智でなければならない。

 ソクラテスは当時のアテナイの国政・習慣に批判的であった。まず民主主義に批判的であり、家長を中心とする家族的結合や友人たちの結びつきに破壊的作用を及ぼすものとみなされ、ホメロスやヘシオドスに批判的であった。

 本書はソクラテスという人間と彼の生きた時代がよく分かる本であるが、肝心の彼の哲学がよく分からないし、実際彼の哲学はそれほどよく理解されていないのだろう。智とか徳とかいっても、その具体的内容を明らかにするにはプラトンを待たなければならない。それよりも、ダイモンの導きを信じ、信託を信じ、自らの生き方を徹底的に一貫させ、敵を作るのを恐れず、ポリスに反抗していった一人の狂信的な人物が浮かび上がってくる。彼はプラトンの哲学の基礎となったという意味で重要であるが、それよりも一人の人間の生き様として、文学的に非常に重要なのではないか。