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P.-M.シュル『機械と哲学』(岩波新書)

 

機械と哲学 (1972年) (岩波新書)

機械と哲学 (1972年) (岩波新書)

 

  機械に対する人間の態度を歴史的に跡付けていった本。それほど深い哲学的洞察があるわけではないが、人間と機械との関わり合いを概観するにはちょうど良いだろう。

 古代ギリシアにおいて、既に機械は発明されていたが、その悪用や失業を作り出す危険について危惧されていた。多数の奴隷が居る以上特に機械は必要なかったというのもある。また、古代ギリシアでは、手仕事は自由な学芸と対比され、劣るものとして忌避された。商人や技師についても同様の軽蔑がなされたのである。

 だが、時代が下るにつれて発明も増え探検や発見が続けられる。そして、ベーコンは、哲学と機械学の地位を逆転し、哲学の問題は昔から変わらないのに技術は進歩を遂げ世界を変えたので素晴らしいのだと主張した。

 18世紀の初めには、技術は自然と張り合おうとし、活動は観想と同じ地位に昇り、学問は工房に近づき学問に基づく発明が期待されるようになる。19世紀の産業革命の時代になると、学問と工業が手を携え発展し、工業の地位は高まり学校も作られ、工業による生産性の革命が讃えられたりしたが、他方で、労働環境の劣悪さが問題となったり、機械による失業が問題になったり、恐慌が危惧されたりした。

 現代では、人間は機械に隷属するというより、むしろ機会を管理する側に回り、労働時間も短縮されていった。閑暇と観想と自然、実業と実践的活動と機械的技術の間に平衡を取戻すのが現代人の課題である。

 本書は、機械というものが人間にとってどういうものであったかについて、概略的な通史を述べている。本来ならもっと哲学的に掘り下げられるべき問題であるが、本書では理論よりも事実を優先し、哲学というより科学史に近い構成となっている。機械のメリットとデメリットを端的に示し、現代ではそれらの間にバランスがとれるようになってきている、という希望的観測で終わっているが、この点についての考えは人それぞれであろう。とりあえず、筋の通った分かり易い本であるが、本書の問題の射程は極めて広い。