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宇沢弘文『自動車の社会的費用』(岩波新書)

 

自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)

自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)

 

  自動車が市場を通さず社会に害をなす「社会的費用」について、宇沢は主に、歩行者が自由に道路を通行できなくなった、その自由権の侵害だととらえる。自動車はこれだけ我が物顔に道路を使用し、道路は自動車のために設計され、歩行者は道路の隅っこで危険にさらされながら歩くしかない。これは異常な人権侵害である。

 道路という「社会的共通資本」、つまり、各経済主体が好きに使用でき、私的所有に適さず、市場原理にも適さない、大気などの自然資本や橋などの社会資本には、当然のように混雑現象が発生する。誰かが利用すれば他の誰かが利用できず損害を被ることがある。社会的共通資本の一単位の使用に伴って他の経済主体に与える限界的な損害額を全ての経済主体について集計すると、その社会的共通資本の使用に伴って発生する限界的社会費用が算定される。この限界的社会費用の分だけ使用料を課すのが、社会的共通資本の最も効率的な使用法である。

 自動車通行の社会的費用は、歩行、健康、住居に関する市民的権利を害さないために、歩道と車道との分離、並木などの設営、歩行者の横断の容易化、交通環境の改善、住宅環境への配慮、などを行ったときにかかる道路工事の費用の全体であり、これは膨大な額になる。自動車はそれだけの社会的費用を生み出しているのだから、その保有には大きな使用料を課すべき。現在の状態では、社会全体の効率性を蔑にして、自動車保有者の利益だけが不当に優遇されている。

 本書は経済学の基本的な考え方をベースにしながら、自動車のもたらす害について理論的に説得的に論じている面白い本であり、経済学理論の平易な入門書にもなるのではないだろうか。自動車のもたらす害として、歩行者の自由に通行できる利益の侵害など、現代社会にいるとついつい忘れがちな利益が沢山挙げられていて、いかに自分が自動車優先の社会に洗脳されていたかに気づかされる。重要なのは、自動車がけしからんなどという感情論では全くないこと。自動車がどれだけの費用を生み出しているかを科学的に計算した上での主張なので、無視するわけにはいかない。非常に良く出来た本で驚いた。