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加藤節『南原繁』(岩波新書)

 

南原繁―近代日本と知識人 (岩波新書)

南原繁―近代日本と知識人 (岩波新書)

 

  南原の生涯の細かい点については読んでもらうことにして、彼の学問の要点をまとめておく。

 彼は政治哲学者であり、その根本課題は、「全体の価値体系を考え、その中において政治的価値がいかなる位置を占め、他の諸々の価値といかなる関係に立つか」を解明することだとした。そして、政治的価値とは、形式的には正義、内容的には正義に基づく永久平和である。彼は、政治思想史を研究しながら常にそれを現代に生かすことを考えていた。

 南原は単純な個人的自由主義者ではなく、むしろ共同体論を強く主張した。個人人格の自由と「超個人的な社会共同体の観念」とを綜合し、しかも宗教に固有の場所を与える。宗教の非合理的特質をできるだけ、その純粋性において回復し、同時に政治それ自らの価値的基礎をびん明すること。真・善・美のほかに、政治を基礎づける価値として正義がある。宗教は合理的な文化価値を超越しながら、かえってもろもろの文化の価値生活に生命を与える。彼の共同体論は、個人主義を批判しながらも宗教に連なるものを持っていた。

 南原は、フィヒテに学んで、他の民族から聖別された民族主義を批判し、自由だけでなく世界主義や平和と結びつき神の国に連なりうる民族主義を擁護した。天皇ファシズムの日本の民族主義は明らかに間違っている。

 また彼は、「文化的社会主義」の概念によって社会主義民族主義を結合しようとした。これはマルクス科学的社会主義ナチスの民族社会主義への批判である。感性的存在としての人間は、労働によって外的事物に働きかけ、練達によって自己の所有物へと形成し、生存の意欲を満たすとき、感性的自然と文化との統合である感性文化としての経済が成り立つ。

 本書には、ほかにも南原の紆余曲折の生涯や、時代との飽くなき闘いについて色々書かれていて面白い。南原は時代に無関心な象牙の塔の中の学者ではなかった。常に時代に触発され、時代の問題を批判したり解決したりするために古典を用いた。宗教的な理想を抱いていたことから、一風変わった政治哲学が形成されているが、古典を現代に生かそうとする応用の精神を瑞々しく感じさせる優れた学者だと思った。また、信念を貫くその姿もかっこいいと思った。