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鷲田清一『顔の現象学』(講談社学術文庫)

 

顔の現象学 (講談社学術文庫)

顔の現象学 (講談社学術文庫)

 

 とらえどころのない「顔」という現象。本書はその顔という現象を、エッセイ風のタッチで軽やかに思考していく。顔というものは、人と人との間の共同的な時間現象として出現し、表情は絶えず移ろう。顔は「規則」と「逸脱」とのあわいを揺れ動くのだ。

 顔は素顔であるとき、その背後に一つの人称的な存在、人格の自己同一性と連続性を持った存在が透かし見られる。だが、顔は素顔となる前に、まずは共同性の様態として現れる。顔は誰かが思うがままに管理・統制しうるものではなく、顔において私はその主人ではなく、顔は私の意のままにならないものの典型である。

 また、顔は一つの政治であり、人は化粧によって自分を流通過程に送り込む。顔もまた社会の中で、価値や記号といったものの網の目の中に組み込まれる。そして、顔は鏡であり、互いを映し出すものとしてまずは現象する。だが、他者の顔をオブジェとして見ることはできない。 顔は見えないものであり、顔という現象は見るものと見られるものとの関係としても、意識とその対象との志向的な関係としてもとらえられない。わたしには内包しえない絶対的に他なるものとの関係、それが顔という現象である。

 鷲田は本書によって、主にレヴィナスに依拠しながら、顔という現象について、そのとらえ難さについてとらえ難いままに思考の彩を織りなしていく。顔に関して我々が常識的に持っている通念を華麗に回避しながら、それでも着地点をどこにも求めず、いわば現象を横切る過程として、思考の試行を華麗に行う。ここには体系はないし厳密な論理もない。体系や厳密な論理を回避するのが顔という現象なのだろう。