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夢を見ていた

 今の会社組織に入ってもう5年になる。私は大学院で法律を修めたコンプライアンス世代であり、現実社会に出てみると法的にアウトなことが割と普通に行われていることを知った。暴行や脅迫、名誉毀損、ハラスメント、そういった行為が現実社会では割とカジュアルに存在する。さすがの私もいちいち目くじらは立てなかったが、自分が重度の被害者になったときにはさすがに声を上げた。だが、声を上げれば角が立つばかりであり、現実はほとんど変わらなかった。私の事例はその種の事例のただの一事例としてしか取り扱われなかった。私は現実を変えることができなかったのである。
 だが、見方を変えると、そもそも組織というものはそういう構造を備えているのだということが分かる。体制を変える権限があるのは上層部の人間だけだ。私のような下層の人間は担当する職務をこなす権限しか割り当てられていない。そのような下層の人間が体制を変えろと言ったところでそもそも権限がない。ただそのような声が下から上がって来たという一事例として上層部は認識するだけである。そして、たかだかそのような一事例のみによって体制がドラスティックに変わるわけがないのだ。組織には多様なアクターがおり、複雑な力関係が形成されているわけであるから、その力関係の渦の中に巻き込まれて、私の小さな声などかき消されてしまう。
 私は夢を見ていた。おかしいことをおかしいと言えば現実は変わるという夢を見ていた。だが、組織の構造はそのように出来上がっていない。友人間の問題や家族間の問題なら容易に現実は変わるかもしれない。だが、多様なアクターが複雑に影響力を行使している組織というものの中で、権限のない者がいくら声を上げても一つの事例としてしか取り扱われないのである。それは初めから現実を変える力を持たない。
 私は思った。自分の主張をすればするだけ立場が悪くなる。今は雌伏のときである。じっと耐えて、仕事をとにかく淡々とこなし、いつか権限を手に入れたら少しずつ体制を変化させるのだ。今は我慢のときなのだ、と。