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家永三郎『数奇なる思想家の生涯』(岩波新書)

 

  明治の時代に先鋭的な思想を掲げながら、その筆鉾の鋭さゆえ著作が発禁となり、歴史に埋没しかけた田岡嶺雲の人と思想。

 田岡は、のちのプロレタリア文学の隆盛に先駆けて社会文学を提唱した。当時の労働状況は過酷であったため、その現状を訴える必要があると考えたのだ。

 また、「非文明」を唱え、現代の文明はあまりに唯物的・実験的・帰納的・科学的であり、自然に遠ざかり本然にもとり、主観を卑しめ理想を卑しむものであり、唯心主義や神秘主義を唱えた。「文明」を克服するためには革命が必要であり、そこに「社会主義」が成立する。私有権を憎み共産の思想を尊ぶが、田岡の思想には実践性が欠けていた。また田岡は資本主義に基づく婚姻制度に反対であって、自由恋愛を唱えてもいる。

 田岡嶺雲は確かに現在でも著作の入手が比較的困難な思想家である。初めは文芸批評から出発しているが、広く社会一般を評論した射程の広い論客である。ただし、実際の社会運動には参加しなかったため、その理論は飽くまで理想的であり、実践性に欠けるうらみがある。だが、時代に先駆けてこのような主張がなされたということは非常に興味深いものがある。