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大牟羅良『ものいわぬ農民』(岩波新書)

 

ものいわぬ農民 (岩波新書 青版)

ものいわぬ農民 (岩波新書 青版)

 

 私は東北の農村で生まれ育った。大学時代に上京し、その後仙台で大学院生活を送り、今はまた生まれ育った県でサラリーマンをしている。私は都会での生活が長かったこともあるし、常々ネットや本で最新のものの考え方をインプットしているから、昔ながらの農村の考え方にはもう染まっていない。だが、子供の頃、父母や祖父母から押し付けられた価値観はまさしく農村の価値観だった。
 大牟羅良『ものいわぬ農民』には、戦後間もないころの農村の厳しい暮らしや、そこでの封建的な価値観が記されている。キーワードとなるのは「ひとなみ」と「つきあい」だ。周りの家がやることは自分の家でもやる。逆に、周りの家でやらない事は自分の家でやらない。このように農村では常に世間体が重視され、人並みであることが求められる。そうすることにより、近所との付き合いは円満になされる。人並から外れたことをやろうとすると、付き合いから排除され村八分にされる。
 私の父親もまた、農家の長男であったが、世間体をすごく重視する人である。私が職に就かず国家試験の浪人をしていた時もその世間体の悪さをすごく気にしていたし、私が未婚であるときもその世間体の悪さを気にしていた。父親は私に「ひとなみ」を要求していたのである。そして、私が「ひとなみ」になると父親も共同体の中で安定した立場でいられるのである。私がいつまでも「ひとなみ」に至らないと、父親がいろいろと非難されるわけである。
 同書には、農村の嫁の立場の弱さについても書かれている。事実、私の母親も農家の嫁に来た事で、発言権がなかったり総体的に自由がなかったり、些細な事で非難されたりとずいぶん苦労したようだ。
 戦後間もないころの農村の価値観は今もそれなりに残存しているし、これは根深いところで日本国民全体を規定しているように思われる。