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カフェインについて

 仕事や勉強をするときにカフェインを摂取する人は多いのではないだろうか。その形態はコーヒーかもしれないしエナジードリンクかもしれない。まず朝起きたときにコーヒーを一杯。次に始業時にコーヒーを一杯。さらに昼休みにコーヒーを一杯。運転するときにもコーヒーを一杯。何か大変な仕事をするにあたって気合を入れるのにコーヒーを一杯。こんな具合にカフェインを摂取することによって労働効率を上げようとするのである。

 確かにカフェインには覚醒作用などがあり、作業効率は短期的には上がる。だが、長期的に見た場合そのようにカフェインに依存するのは様々な健康障害を引き起こす。毎日飲むカフェインの量が一定量を超えるともはやそれはカフェイン依存症であり、不安感や焦燥感、頻脈や不眠や胃腸の障害などが生じるし、カフェインは疲れを先送りするので長期的に見た場合疲れやすくなる。

 カフェインは言わば身体を生産のためにデザインする働きを持っているのである。自らの身体を生産的な産業的身体にするために我々はカフェインを摂る。それは短期的には生産性の向上をもたらすが、長期的には生産性の低下をもたらす。身体を無理に産業用にデザインすることは、当座をしのぐことは可能だがあとからツケが回ってくる。カフェインを摂り続けるかどうかは、自らの身体に負荷をかけながら短期的な生産性の向上を求め続けるか、それとも自らの身体の自然な動きに従いながら健康を維持するか、そういう選択に他ならない。

 カフェインは言わばこの産業化した時代の落とし子である。身体の自然に反して生産性を上げようとする発想は産業に己の身体を従属させることである。カフェインを摂るなと言っているわけではないが、カフェインとはそのような産業中心主義の産物であり、それに対してあからさまに産業に従属せず身体の自然なリズムで労働することにより健康を維持するゆったりしたライフスタイルこそ、これからは求められていくのではないだろうか。シャカリキ働く時代は終わった。これからはみずからの健康に配慮した労働が求められている。