社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

ハーバード・ビジネス・レビュー『レジリエンス』(ダイヤモンド社)

 

  自分を守り、立て直す能力である「レジリエンス」。本書は、様々な観点からレジリエンスを強化する処方箋を提示してくれる。レジリエンスを強化するためには、

(1)自らの弱さを認めさらけ出し、それを周囲に補ってもらうこと

(2)「人生には何らかの意味がある」という強い価値観に基づく確固たる信念を持つこと

(3)マインドフルネスにより脳の再起回路を鍛えること

(4)ポジティブな視点を持ち続け、定期的に感謝の念を表すこと

(5)ユーモアのセンス

(6)休養など回復するための時間

などが役に立つ。

 本書は、様々な執筆者たちがそれぞれに微妙に異なったレジリエンスの定義を持ち寄り、そのレジリエンスを強化するための処方箋を提示している。レジリエンスとは思ったよりも多義的な概念であり、それを強化する方法も多岐にわたる。巻頭の岡田氏の論考がおそらくもっともすぐれており、レジリエンスとは弱さと関係性の中に宿るという議論は極めて説得的であった。

デヴィッド・グレーバー『民主主義の非西洋起源について』(以文社)

 

  民主主義は西洋に起源を持つ、というのが定説のように唱えられてきた。特に古代ギリシアアテネに由来するというのが大方の見解であった。ところがこの本は、西洋文化が民主主義を独占することを否定する。多様な人たちが集まり、強制の構造が力を弱めるような場所ではどこでも、人々は共同かつ対等の意思決定の規則を実践の過程で新たに発見する。民主主義の起源はこのような即興的な場面であり、民主主義はアナーキーと類似する。

 本書は民主主義の起源を人類学的知見に基づいて事実的に再考している。その際、民主主義を決して堅固なものではなくむしろアナーキーに近い秩序の弱いものとして扱っている。民主主義というと近代が生み出した堅牢な理念のように思われているが、まずその理念を解体し、そのうえでその起源について再考を促している。非常に示唆に富み刺激的で読んでいてとても楽しかった。この本は言わば議論の出発点であり、ここから新たに民主主義について議論が活発化していくのであろう。そのような始まりをなす本書はかなり重要な議論を提示しているように思われる。

前野隆司他『幸福学×経済学』(内外出版社)

 

  会社の経営で一番大事なことは、利益を確保することよりも社員の幸福である。社員が幸福であれば自然と利益も確保される。そういう理念に則って、では幸福とは何かを科学的に分析していく。

 幸せを因子分析すると4因子あり、それぞれ①「やってみよう!」因子(自己実現と成長)、②「ありがとう!」因子(つながりと感謝)、③「なんとかなる!」因子(前向きと楽観)、④「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ)である。これらをそれぞれより多く備えている人がより幸福(well-being)である。

 社員一人一人の幸福とは別に会社や組織全体の幸福度を因子分析すると3因子あり、それぞれ①「いきいき」因子(今の仕事自体に喜びや楽しみを感じる)、②「のびのび」因子(互いを尊重し合う自由闊達な社風でのびのび仕事ができる)、③「すくすく」因子(自分の成長を実感できる)である。

 本書は会社経営における幸福を科学している。個人の感じる幸福と会社の幸福について、膨大なデータを分析することで核となるモチーフを抽出している。確かにここに挙げられているような条件を満たしていれば社員は幸福に仕事ができ、それが会社全体の幸福につながり、顧客満足度や利益にもつながっていくのだろう。とても参考になるいい本だった。

帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ』(朝日選書)

 

  ネガティブ・ケイパビリティとは「答えの出ない事態に耐える力」のことであり、19世紀イギリスの詩人キーツにまでさかのぼり、それを20世紀に同じくイギリスの精神科医ビオンが広めた概念である。

 性急に答えを出さず、宙づりの状態に耐えるこの「負の力」は様々な分野で求められており、例えば文学の創造の現場においてわからない対象と向き合いより深く対象を把握するために必要である。また終末医療においても、もはや治療が不可能な患者と向き合う際には必要となるし、精神科の臨床においても、ただ話を聞いてあげることしかできないケースは非常に多い。教育においても従来はすぐに答えを出すポジティブ・ケイパビリティが涵養されたが実際には世の中にはすぐには解決できない問題の方が多い。ネガティブ・ケイパビリティとは寛容の力でもある。

 本書は著者が小説家ということもあり、割と無駄が多く論述がスマートではないが、とりあえずネガティブ・ケイパビリティという概念を世に知らしめるには十分だし、世に知らしめる価値のある考え方だと思う。性急に答えや結果を求めてきた日本社会への警鐘ともとらえることができるし、これから不透明化していく社会ではますます必要とされる力だと思う。

『やっかいな人のマネジメント』(ダイヤモンド社)

 

  本書は『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に掲載された論文の中から厳選されたもので構成されている。本書はEmotional Intellegence(EI、感情的知性)を主題として掲げたシリーズの一冊であり、EIとは自分の認知を生かして自分の感情に影響を与え、翻って面倒くさい相手の感情をも変えて行けるスキルのことである。

 これから日本の雇用もジョブ型に変わりつつある。人材が流動的になるにつれ、いつ急に面倒くさい上司がやってくるかわからない。また、これからは多様性が重んじられる社会であり、そうすると自分とは異質なメンバーとともに仕事をすることも増えてくる。また、AIの進歩とともに単純作業はAIがやり、人間は人との関係のマネジメントなどのソフトスキルが一層求められることになる。これからEIが求められるのはそういう背景に基づく。

 本書は3つのポイントから成り立っている。一つは、人間は認知を使って物事を理解するが、行動へと突き動かすのは飽くまで感情であるということ。一つは、自分の認知と他者の認知は異なるということ。もう一つは、相手は変えられないということ。

 さて、本書には様々なやっかいなチームメイトへの処方箋が書かれているわけであるが、それらの処方箋はそれほど真新しいものではない。だが、その処方箋へとたどり着くまでの論述が重要なのである。記事の執筆者は飽くまで論理的に筋を通して最新の経営学的知見に則って結論に至っているのである。その理屈を理解することが重要な本だと思う。また、自分の感情を変えることで相手の感情もよい方向に変えていくというEIのスキルはビジネスパーソンには必須のスキルであろう。私も磨いていきたくてこの本を読んだわけであるが。