社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

宇田川元一『他者と働く』(NewsPicks)

  職場で起きる「わかりあえなさ」から生じる業務上の支障などをどう解決するかをナラティブ・アプローチから説いている本。

 仕事をしている人は、それぞれの部署や役職に応じて立場や文脈・ストーリー・価値観(ナラティブ)をそれぞれ持っている。業務上の支障はこのナラティブの溝から生じる。業務を円滑にこなすためには「溝に橋をかける」ことが重要である。そのプロセスは以下の通り。

1.準備「溝に気づく」相手と自分のナラティブに溝があることに気づく

2.観察「溝の向こうを眺める」相手の言動や状況を見聞きし、溝の位置や相手のナラティブを探る

3.解釈「溝を渡り橋を設計する」溝を飛び越えて、橋がかけられそうな場所やかけ方を探る

4.介入「溝に橋を架ける」実際に行動することで新しい関係性を築く

 職場で働いている人はみんな他人である。初めから分かり合えるはずなどなく、当然軋轢などが生じ仕事がうまくいかないことがある。もしくは人間関係の悪化に至ることもある。そういうときに、相手のストーリー(ナラティブ)に思いをはせ、橋を架けることで調停していく営みが重要だとする本である。かなり実践的で示唆に富む本だと思う。職場で実践できそうだ。

斎藤・與那覇『心を病んだらいけないの?』(新潮新書)

 

  精神科医斎藤環と元歴史学者の與那覇潤による対談形式の現代文明批評。我々が生きている現代日本というものがどういう空気に包まれ、どんな価値観に支配され、どんな構造を隠しているかについて、鋭利かつ多角的に論じている。

 テーマはそれこそ多岐にわたり、ヤンキー論争や毒親ブーム、SNS自己啓発本発達障害バブルやAI、セクハラや働き方、オープンダイアローグやコミュニズムを俎上に挙げ、現代の孕む問題を的確に抉り出していく。しかもそれぞれの論点はお互い通ずるところがあったり、そういうクロスオーバー的な視点も見える。

 とにかくこれは「現代日本入門」と言っても過言ではない。今私たちの生きている日本社会とはどういうものか知りたいと思ったら真っ先に手に取るべき本だと思う。もちろんここにそれほど答えは書かれていない。むしろ問題点の提示にとどまる点も多々ある。だが、ここが様々な議論の出発点になると思う。

ナオミ・ザック『災害の倫理』(勁草書房)

 

災害の倫理: 災害時の自助・共助・公助を考える

災害の倫理: 災害時の自助・共助・公助を考える

 

  災害についての応用倫理学を展開している本。災害については備えもまた倫理的に重要であり、災害計画における最善の原理は「最善の備えをして助けられる人すべてを公平に救う」という原理である。また、災害時には英雄的な勇気よりも誠実さや勤勉さが要求される。災害は政府の機能を一時的に停止させるため「第二の自然状態」を作り出す。政府は災害による第二の自然状態において市民が生き残るために備える義務がある。なぜなら、災害時においても無実の人の生きる権利や個人の尊厳は停止されないからである。

 本書は災害という状態においてどのような倫理的な問題が生じどのような倫理的解決が望ましいかについて述べている。その際、帰結主義や義務論、徳倫理学や社会契約論などの倫理学の道具を駆使しながら結論を導いている。これが応用倫理学なのだな、と納得するようなよくできた作品だった。このような倫理学理論の営みが政府の意思決定などにフィードバックされていくのだろう。

鶴岡路人『EU離脱』(ちくま新書)

 

EU離脱 (ちくま新書)

EU離脱 (ちくま新書)

  • 作者:鶴岡 路人
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 新書
 

  イギリスのEU離脱の経緯とそれが周囲に与える影響について論述している。ヨーロッパにおいてEUはリベラルの立場に立つものである。イギリスがEUに加盟することはイギリスがリベラル陣営に取り込まれることであった。それに対してイギリス内部では「主権の奪還」を唱えてポピュリズム的にEUからの離脱を掲げる人々が増えていった。結局国民投票でイギリスは僅差でEU離脱することになったが、イギリスはEUを離脱することによってEUを介した影響力を失い、北アイルランド問題やスコットランド独立問題などを抱え、かえってイギリスの危機は増したといえる。それだけではなく、イギリスのEU離脱は世界全体が分裂と分断に向かっていることの象徴的出来事であった。

 本書はブレグジットの経緯を細かく記述すると同時に、そのイギリスに与える影響、EUに与える影響、世界に与える影響などについて論じている。最近のポピュリズムの台頭には危機感を抱いている人が多いと思うが、それも世界中の人たちが何らかのよりどころを回復しようとしている兆候なのだと思う。イギリスは主権を取り戻そうとすることによりかえって世界への影響力を失ってしまった。ポピュリズムにはどこか合理性や論理性、長期的見通しの乏しさがある。我々もイギリスの失敗から学ばなければならない。

大谷基道『東京事務所の政治学』(勁草書房)

 

東京事務所の政治学: 都道府県からみた中央地方関係
 

  すべての都道府県が東京に「東京事務所」を置いている。その実態に迫った本。

 東京事務所の活動は、①中央省庁からの指示・伝達事項を都道府県に伝えること、②中央省庁の情報を入手して都道府県に伝達すること、③都道府県の現場の情報を中央省庁に伝えること、④都道府県の要求を中央省庁に伝えること、が中心である。東京事務所職員はこのような活動をするため、自県の出身者、自県への出向経験者を通じて中央省庁にアクセスしており、そのような関係を維持するため日ごろから顔つなぎをしている。

 そして、東京事務所は互いに競合関係にあるが、情報収集活動における互いの弱点を補うため、必要に応じて連携しており、東京事務所間の連携組織が次々と出来上がっている。東京事務所が入手しようとしている情報は「不確実性の低減」を目的としており、すべての都道府県が東京事務所を置いているのは社会的な同型化の産物である。

 中央地方関係において、かつて東京事務所は官官接待などを行ったり情報収集活動や陳情活動に熱心だった。官官接待が叩かれ、情報技術が発達しても今なお東京に事務所を置いて活動する必要性はあるようである。東京事務所は地元の物産品のPRがメインなのかと思っていたが、本来の活動はかなり政治的なものであった。