社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

塩沢・島田『ひとり暮しの戦後史』(岩波新書)

 

  第二次世界大戦は多くの男性を戦地に送り出した。そのことによって、いいなずけや恋人を失ったり、夫を失ったり、また結婚する可能性が奪われたりした婦人が相当数いた。そういった婦人たちは独身を余儀なくされ、厳しい生活条件のもと生きていかなければならなかった。本書が書かれた1975年当時、企業に雇用される女子の待遇は賃金面でも昇進面でも恵まれていず、早期退職制度もあった。そのため、婦人たちは働きながらも低賃金で、しかも就業年数が短いため、充実した年金をもらうこともできず、老後の不安も抱えている。

 さて、この戦争時に婚期を逃した婦人たちの話は、現代のシングルマザーの問題に近いように思える。女子たちは正社員になってもそれほど高賃金が望めず、パートや非正規に甘んじることも多い。女性の社会進出が進んだといっても女性が一人で生きていくにはまだまだ厳しい社会情勢だと言わざるを得ない。本書で紹介されている具体的な人たちが組合運動に力を注いだのもうなずける。女性の地位向上はまだ道半ばである。

 

澁谷智子『ヤングケアラー』(中公新書)

 

  ヤングケアラーとは、家族の介護を行う18歳未満の子供のことである。ヤングケアラーは教育を受ける立場で知識形成や人格形成の時期にあるが、介護を行うことが重荷で学校を休みがちになったり学業に励めなかったりと十分な学習を行えず、困窮している。ヤングケアラーは一定数存在するが、その存在はそれほど可視的ではないため、教育の現場などを通して可視化して必要な支援を行う必要がある。

 ヤングケアラーへの支援としては、ケアについて安心して話せる相手と場所を作ること、家庭で担うケアを減らしていくこと、ヤングケアラーについての社会の意識を高めていくこと、が考えられる。その際、当人の話を十分聞き、当人の希望を中心に支援を形作っていくことが求められる。

 本書はヤングケアラー問題への格好の入門書である。私は日本にもこのような問題があることを知らなかった。私自身ヤングケアラーではなかった。だが、人生で一番可塑的で吸収力のある時期に家族の介護で摩耗していくことはヤングケアラーのみの損失ではなく社会的損失でもある。この問題についてはぜひ多くの人に知ってもらいたい。

御川安仁『疲れがとれない原因は副腎が9割』(フォレスト出版)

 

疲れがとれない原因は副腎が9割 (フォレスト2545新書)
 

  寝ても疲れがとれない慢性疲労の原因は副腎であることが多いとする本。副腎とは元気のもとであるコルチゾールを生み出す器官。腸内の炎症で副腎に負荷がかかったり、脳が慢性的にストレスを感じて副腎に負荷がかかったり、運動不足でミトコンドリアが弱ったり、ビタミンやミネラル不足で代謝が落ちたりすると、副腎は疲労し、コルチゾールを出す力が弱まり、慢性疲労となる。

 副腎疲労を治すためには、腸内環境を整え、休息や入浴などでリラックスする時間を作り、運動をきちんと行い、マグネシウム、ビタミンB群、たんぱく質、ビタミンD、亜鉛などを摂取するよう心掛ける必要がある。「腸」「脳」「ミトコンドリア」「栄養」の四要素についてきちんとケアを心がけること。

 最近疲れが気になると思い手に取った本。ここのところ仕事があまり面白くなかったり疲れが慢性的につらかったりしたので、この本に解決策が書いてあるのではないかと思った。確かに私は腸内環境がひどく悪く、運動不足で栄養にも偏りがあったし休息が足りなかった。本書を導きの糸として、体調を改善して疲れにくい体を作っていきたい。

村上陽一郎『ペスト大流行』(岩波新書)

 

  ペストの流行をヨーロッパ史の中に位置づけた労作。ペストは古代から存在したが、750年前後から300年ほど空白の期間がある。6世紀にヨーロッパ世界が誕生し、内陸部まで文化が及ぶに従いペストが流行したように、11世紀から13世紀にかけて十字軍の遠征によってペストを媒介するクマネズミがヨーロッパに再びもたらされペストが流行する。

 そして14世紀にはペストが世界的に流行する。ペストの病因については諸説あったが、病原菌がまだ発見されていなかったため不十分であった。それでも当時すでに隔離政策をとっている地域もあった。また、ペストの流行をユダヤ人のせいにしてユダヤ人への大規模な迫害が起こった。また鞭打ち運動といって、互いに鞭を打ち合いながら行進する運動が盛んに起こった。また、農奴解放運動もこの時期盛んになる。これらの民衆運動は、13世紀に確立された中世的体制に対する反逆であって、のちの宗教改革へとつながっていくものであった。

 ペストの流行は極めて悲惨な出来事であるが、それに呼応するように起こった民衆の運動はヨーロッパ世界の中世から近代への移行を媒介するものだというのが本書の主張である。現代世界では新型コロナウィルスが猛威を振るっているが、これに対して我々が起こす行動もまた、21世紀世界を新たな方向へと舵取りしていく、歴史を変革する行動となるのかもしれない。

健康書を読む理由

 私は最近健康に関する本を結構読んでいる。私ももう中年であるから様々な健康上のリスクを抱えており、仕事や趣味・家庭生活を効率よく営んでいくためには健康障害を避ける必要があるからだ。疲れやすい、寝つきが悪い、胃腸の具合が悪いなど、中年になると様々な健康上の不具合を生じてくる。それらをなるべく解消していき、効率よく幸福な生活を営むため、健康書を読むのは合理的である。

 だがそれだけではない。健康書は医学の入門書のようなものである。我々は健康書を読むことにより初級の医学を学んでいるのだ。そこにはたくさんの発見がある。今まで人体について知らなかったことが次から次へと明らかにされ、医学専攻でない人間にとっても人体について科学的に知る喜びが与えられる。

 そして医学というのは人間というものに対する一つの解釈の体系だ。我々の知的好奇心は様々な領域に及ぶ。その中で自らに最も身近なのは自らの身体であろう。自分の身体について体系的に解釈するということについて、医学ほど優れた道具立てはないのである。人間はだれしも世界を解釈するという壮大な営みを行っている。その中で自らの身体を解釈するという営みについて強力な道具立てが医学なのであり、その初級編が健康書なのである。そういう意味で私はこれからも健康書を読んでいくであろう。