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規範と責任

 法規範は何らかの利益を実現するために規定されている。だから、法規範に違反するということは、その規範が保護する利益を害するということだ。規範の名宛人は、私人だったり国家だったり裁判所だったり検察官だったり被告人だったりする。

 例えば刑法199条(殺人罪)は私人にあてられていて、他の私人の利益を保護している。これに違反すれば、行為者には他の私人の生命という利益を害した責任が発生する。一方で、民法96条1項(詐欺強迫取消)は、詐欺や強迫を受けた者にあてられていて、その者自身の利益を保護している。だから、仮に取消権を行使しなくても(これは厳密には96条1項「違反」ではないが、それに類するものと扱う)、害されるのは自分の利益に過ぎないわけで、そこに責任は発生しない。

 つまり、法規範の名宛人がその規範に違反すると、その規範の保護する利益が害されるが、その規範の保護する利益が名宛人自身のものであれば責任は発生しない。一方で、その規範の保護する利益が名宛人以外の者(他の私人、国家、公衆)のものであれば責任が発生する。だから、単純に法律違反=責任発生ではない。