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特定説(識別説)

 訴因の記載の具体性の程度については、「他の犯罪事実から識別可能な程度に特定されていればたりる」とする特定説が通説である。だが、「犯罪事実」とはどの程度の具体性を持ったものであろうか。犯罪事実に要求される具体性の程度が明らかにならなければ、特定説は基準として機能しえない。

 例えば、「犯罪事実」の具体性の程度として、罪名程度のものしか要求されないとする。その場合、特定説からは、訴因は「窃盗罪」「傷害罪」だけの記載で十分ということになる。「窃盗罪」は「傷害罪」から識別できるからだ。だが、これでは、2006年にやった窃盗罪と2007年にやった窃盗罪は同一の訴因に含まれることになり、検察官が2006年の窃盗罪の追及をあきらめて2007年の窃盗罪の追及を始めようとするときにも訴因変更は不要ということになってしまう。これでは被告人の防御上の不利益ははなはだしい。

 結局、「犯罪事実」の具体性の程度としては、六何の原則に基づいて、構成要件該当事実を相当程度(実務で行われている程度に)具体的に書いたものが妥当なのであろう。国家の刑罰権の発生する単位ごとに、国家の刑罰的関心の及ぶ範囲で具体化する。

 だが、私が思うに、「犯罪事実」の具体化の程度については、被告人の防御上の利益も考慮すべきである。犯罪事実の具体性の基準を決定するということは、「犯罪事実」以上の具体的な記述については同一訴因内の問題として扱われ、「犯罪事実」以上の具体的な事実間の変更には訴因変更を要しないということだ。だがもし、訴因と、認定されそうな事実、に食い違いがあり、そのような訴因のもとでそのような事実を認定されると被告人にとって不意打ちになり看過しがたい不利益が生じる場合、訴因変更は必要であろう。とすると、「当該訴因と当該認定事実は異なる」と認定できるくらいに、訴因は具体化されなければならなくなるはずである。

 「事実をそれ以上具体化しても、その具体性のレベルにおいて事実を変更するときに被告人に不利益がありえない」そのようなレベルまで、訴因は具体化すべきなのかもしれない。