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悪について

 法律学のおける悪と、道徳における悪では異なると思われる。また、倫理学における悪とも異なる。法律学における悪とは、恐らく実定法規の命じる規範に違反することだ。倫理学における悪とは、それぞれの倫理的な立場における基準に比較して決定される。例えばカントの立場だったら、嘘をついてはいけないなどの定言命法に反することは悪であろう。この定言命法と実定法規は異なっている。さらに、道徳的な悪だったら、あの人を信じなかったことが悪かった、といったように、主観的な事柄でも悪となりうる。

 道徳的悪と、倫理的悪と、法律学的悪はそれぞれ異なる。すると、三者三様の悪があるわけで、「悪」という概念自体も多義的であることが分かる。だとすると、法律を学ぶものは、たとえ道徳的悪や倫理的悪を実践していても、法律学的悪を実践しなければそれでいいということになるのだろうか。それは違うと思う。道徳的悪と倫理的悪と法律学的悪は、それぞれ密接にかかわりあっていて、道徳的悪や倫理的悪が、法律学的悪の基盤になっていて、逆もまた真なのである。

 私は悪の被害にあったことがあるから、悪を憎む気持ちは強い。一方で悪の立場に立ったこともあるから、人間は悪になっても仕方ない場合があるのではないかとも思っている。つまり、悪を憎むと同時に許容するという葛藤の中で生きている。だが、私が憎んでいる悪というのは、法律学的悪、つまり実定法規で禁止されているほど強度のものであって、私が許容している悪というものは、道徳的悪、つまり主観的で程度の弱い悪にすぎないのではないか。とすると別に私はそこまで激しく矛盾していないことになる。