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貫成人『歴史の哲学』(勁草書房)

歴史の哲学―物語を超えて (双書エニグマ 15)

歴史の哲学―物語を超えて (双書エニグマ 15)

 歴史の在り方については、ヘーゲルマルクスなどによる歴史法則による説明が早くからあったが、歴史とはそもそも因果法則になじまないもので、またそれぞれの歴史的出来事は唯一の出来事であり法則的把握になじまない。そこで登場したのが歴史の物語論である。これは、認識などあらゆる物事について言語の外側を認めないとする言語論的転回の歴史哲学への反映であり、出来事の変化をプロットによる整合的なテクストによって読者に対して働きかけていくものである。

 だが、歴史の物語論には限界がある。まず、そこからは必ず漏れ出る過去があり、また、表象を超えるようなものは説明できない。そして、歴史の非連続性をとらえることができない。そのような難点を克服するものとして著者が挙げるのが、複雑系としての歴史システムである。歴史システムにおいては、遠く離れた地域間や、地域内の不均衡によって新たなシステムが創発され、全体と部分が互いに影響し合い成立していく。不均衡な空間に偶然が作用することで、些細な出来事が拡大され、大きなシステムを作っていく。

 「歴史の物語論」は、野家啓一『物語の哲学』に詳しい。歴史の物語論はそれ自体として豊饒で説得力に満ちた内容なのだが、本書はさらにその先へ行こうとする。本書でそれが可能になったのは、まず歴史学に対するきちんとした認識ができているからだ。ブローデルの史観やアナル学派の史観を知っているからこそ、物語論にとどまらない歴史の在り方、という問題意識を持つことができた。そして、自然科学への適切なまなざしが、複雑系の歴史哲学への応用という論点を可能にした。「歴史の哲学」という書名でありながら、哲学にこだわらず、歴史学や自然科学へも真摯なまなざしを向け、それを結実させた好著である。