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樺山紘一『地中海』(岩波新書)

 

地中海―人と町の肖像 (岩波新書)

地中海―人と町の肖像 (岩波新書)

 

  地中海をめぐる人と町の肖像。地中海を取り巻く世界を生きた12人を選び出し、二人一組で、6つのテーマについて書かれた歴史エッセイ。

 まず、「歴史」という観点からヘロドトスイブン・ハルドゥーンが採り上げられている。古代ギリシアで『歴史』を著したヘロドトスと13世紀のイスラム世界で『歴史序説』を著したイブン・ハルドゥーンの生涯とその時代について書かれている。

 次に、「科学」という観点からアルキメデスプトレマイオスが採り上げられている。前3世紀ごろアレクサンドリアにやってきてユークリッド幾何学を応用したアルキメデスと、後2世紀に同じくアレクサンドリア天文学を体系化したプトレマイオスの生涯とその時代。

 次に、「聖者」という観点から聖アントニウスと聖ヒエロニムスが採り上げられている。3世紀ごろ砂漠で誘惑と闘った聖アントニウスと、4世紀に聖書をラテン語訳した聖ヒエロニムスである。

 次に、「真理」という観点からイブン・ルシュドとマイモニデスが採り上げられている。12世紀にイスラム教を理論化したイブン・ルシュドと、同じく12世紀にユダヤ教を理論化したマイモニデスである。

 次に、「予言」という観点からヨアキムとノストラダムスが採り上げられている。12世紀の南イタリアで精緻な歴史神学を提示したヨアキムと、16世紀の南フランスで詩的な表現で現実感あふれる予言をしたノストラダムスである。

 最後に、「景観」という観点から、カナレットとピナレージが採り上げられている。一連のヴェネチア景観図を油彩で描いたカナレットと、ローマの景観シリーズをエッチングで描いたピナレージである。

 地中海をめぐって、古代や中世をメインに、様々な観点から歴史の要諦を焙り出してくるこの本は、歴史読本として大変魅力的だった。一つ一つの知識を無理に覚えようとしなくていいし、歴史ってこんな風にダイナミズムに満ちていて、こんな風に対比的に捉えることで楽しみが増すんだ、ということを教えてくれる。いわば樺山はこの本によって、編年体の歴史を解体し、樺山らしい歴史的観点から編まれた角度の違った歴史を提示しているわけである。この樺山の歴史的観点、すなわち地理的近接性と業績的近接性から複数の人間を選び出しながらそこに文脈や人生における複雑な差異を織り込んでいくという観点はまことに面白いものであった。