ヨブ記において、義人ヨブは神によって財産や家族を奪われ、病気に伏してしまう。正義の人ヨブは、なにゆえに苦しまなければならなかったのか。
神は、ヨブに対して責任を求めていた。この世界に起こる出来事に対し傍観的な態度をとらず、まじめに取り上げ真の解決へと導いていく責任。ヨブが自らの不幸を嘆いているだけでは傍観者的態度に過ぎない。主体的に自らの苦痛と向き合う責任があるのだ。
また、ヨブは傲慢であった。人間のあずかり知らぬ神の意志を、人間の知識や解釈で理解しようとした。人間の学問や知識を超えたところに宗教や信仰が芽生えるのである。
ヨブ記は非常に難しい文章である。旧約聖書の中でも、文学性や哲学性において優っている。このようなヨブ記を読解するのは至難の業であるが、それゆえ、人生や宗教についてかなり多くのことをヨブ記から学ぶことができる。本書はヨブ記の読解を試みている野心的な書物であり、知的刺激に満ちた良書である。