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井手英策『幸福の増税論』(岩波新書)

 

幸福の増税論――財政はだれのために (岩波新書)

幸福の増税論――財政はだれのために (岩波新書)

 

 日本社会が今後とるべき舵取りの仕方を示した本。

 日本は勤労と倹約が称賛される国で、所得と貯蓄を増やすことが奨励された。それは結局、自己責任・自助努力を推進する制度として現れた。だが、今や勤労・倹約をしても所得・貯蓄が増えない低成長の時代がやってきた。

 ここで再び成長路線をとることは少子高齢化などの流れを見ると難しい。低所得者や生活支援を受けている人たちを社会に包摂するアプローチをとるべきである。他者の痛みに敏感になり、互いに助け合う「共在感」のある社会が望ましい。 

 お互いに頼り合い、支え合いながら解決するしかない領域については、ベーシックサービスの提供により人々が安心して暮らせる水準にするべきである。そのための痛みを分かち合うために増税が必要である。個人的ニーズが社会的ニーズへと転換していく中、弱者を救済する社会から弱者を生まない社会へと。

 本書は、日本人の国民性を見直すことにより、これからの低成長時代に対応した制度設計を提唱する本である。新たなる公共であるとか分かち合いの社会であるとか言われて久しいが、それを日本人の価値観の転換に結びつけているところが新しいと思われる。理論的にはそれほどしっかりしているようには思えなかったが、このあたりの議論はここまで発展したのかと思うと感慨深い。