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梯久美子『原民喜』(岩波新書)

 

原民喜 死と愛と孤独の肖像 (岩波新書)
 

  原民喜は戦前・戦中・戦後の時期を生き、自らの被爆体験をもとにした原爆文学で知られている作家である。原は自閉的な人間であり、非常に繊細な人間であった。生活能力はまるでなかったが文学的な才能に恵まれていた。

 原の創作は彼の人生の段階に即して死・愛・孤独の時期に分けることができる。まず、幼年期から少年期は死の時期である。そこでは父の死や姉の死に衝撃を受けた原の心持が描かれている。次に、妻と結婚してからは愛の時期である。原にとって妻は唯一心を開ける相手であり、唯一の心のよりどころであった。原は妻に語り掛けるように作品を書いたりしている。最後に、妻の死後、広島で被爆してからは孤独の時期である。この時期彼は広島の惨状を描いた作品を多く書いている。

 本書を読むと、原の性格は文学者として典型的すぎるものであり、結局現実世界とうまく交通できない人間が虚構の世界へと目を向けるのか、という印象を受ける。だが、この種の「呪われた詩人」像はもう過去のものとなっているはずである。現代、文学者は市井から現れて一向にかまわない。現実世界とより深く交通したところからこそ優れた文学は生まれるのではないだろうか。