社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

井田徹治・末吉竹二郎『グリーン経済最前線』(岩波新書)

 

グリーン経済最前線 (岩波新書)

グリーン経済最前線 (岩波新書)

 

  本書は、近年のグリーン経済へ向けた各国の取り組みを紹介したものである。20世紀の炭素資源を大量消費したブラウン経済から、21世紀の環境に配慮した技術革新に基づくグリーン経済への転換を、世界各国の豊富な具体例をもとに紹介している。

 グリーン経済は何もエコな商品の生産だけにとどまるものではない。それは、エコな製品の格付けや消費、エコな商品への投資やエコな企業を援助する金融など、経済全体を巻き込む動きである。

 本書を読むと、もうすでに世界のあちこちでグリーン経済の取り組みが行われることが分かり心強い。なかでも、中国が積極的な取り組みを行っていることを知ってとても安心した。グリーン・ツーリズムの話も面白かった。

金菱清『震災学入門』(ちくま新書)

 

震災学入門: 死生観からの社会構想 (ちくま新書)

震災学入門: 死生観からの社会構想 (ちくま新書)

 

  災害のリスクを低減させるには、その社会がレジリエンス(回復力、抵抗力)を備えていることが必要である。生活を共にしたコミュニティの維持・継続を目指すことが、被災後の包括的な災害リスクを総合的に低減できるレジリエンスをそなえた方策である。

 本書は、災害後のレジリエンスを高めるためにいくつかの提言を行っている。

①震災の痛みを除去するのではなく、むしろ痛みを温存して、痛みを愛する家族とともに保存するということ。

②死んだ人間をまったく死んだものとして捉えるのではなく、生ける死者として、曖昧に喪失された者として関わっていくこと。

③行政の押し付けた防潮堤やらコミュニティをそのまま受け入れるのではなく、海と陸の交通や人同士のつながりを維持したコミュニティを保存すること。

 本書は、震災に対して行われた行政側の治癒策についていくつかの観点から批判的に論じたものである。それは総じて、ハードな政策よりもより人々の心に沿ったソフトな政策、画一的な政策よりもより当事者に応じた個別的な政策である。震災によって非常に複合的な問題が生じている中、その問題を腑分けしたうえでの提言は非常に刺激的だった。

早川和男『居住福祉』(岩波新書)

 

居住福祉 (岩波新書)

居住福祉 (岩波新書)

 

  憲法に規定される生存権を具体化するためには、居住に関する諸権利も保障しなければならない。本書は、社会福祉の一分野として居住福祉を掲げ、十分な清潔さや広がりなどを備えた住居が人間の健康で文化的な最低限の生活を作ると主張する。そして、この居住福祉の理念は国際会議でも独立した権利として主張されているし、日本人もまた権利意識をもって居住における十全な保障を主張していく必要がある。

 本書は阪神大震災ののちにかかれたもので、大震災によって一番被害を受けたのが弱小住居だったことを大きな問題点として取り上げている。居住の整備は災害の被害を縮減される役にも立つのである。それにしても、生存権には確かに住居がけがや病気のもとにならないようにきちんと整備される権利も含まれているし、住居に関する補助を受ける権利も含まれているだろう。生存権の具体的な実現過程として、現在のより高度化した要求にこたえるためには居住福祉の理念が欠かせない。

全国建設研修センター『用地取得と補償』

 

用地取得と補償

用地取得と補償

 

  自治体や企業などの用地職員が辞書的に使うのをお勧めする。もちろん、各自治体や企業には用地事務のマニュアル的なものが存在すると思うが、そういったものの最大公約数的な標準的な教科書を提示するのが本書である。

 土地を取得するための測量から交渉・契約、補償の算定方法など、実務に役立つ一通りのことが書いてあるため、用地職員必携の一冊であるといえる。ただし分厚いため、軽く通読しておきながら、実務で必要になったら厚く読むという読み方が良いだろう。

吉見俊哉『夢の原子力』(ちくま新書)

 

夢の原子力―Atoms for Dream (ちくま新書)

夢の原子力―Atoms for Dream (ちくま新書)

 

  戦後日本が核をどのように受容していったかについての文化史。

 原爆は確かに世界中に恐怖を与えた。だが、アイゼンハワーは「アトムズ・フォー・ピース」という演説で、原発などの原子力の平和利用を訴え、広島・長崎を忘却させようとした。戦後日本はアトムズ・フォー・ピースを積極的に受け入れ、いつしか原子力は夢のエネルギー「アトムズ・フォー・ドリーム」と化していった。その先駆的な出来事が原子力平和利用博の開催だった。

 一方、戦後日本の無意識の部分には依然核兵器による敗戦の傷が残っていた。それはサブカルチャーにおいて表象されることが多かった。例えばゴジラは、ビキニ沖で被爆した第五福竜丸、そして広島・長崎の恐怖により生み出されている。この壊滅的な破壊の表象は、多種多様な仕方で日本人の無意識に流れ続け、多数のアニメなどを生み出している。

 本書は福島第一原発事故を受けて、改めて日本にとって原子力とは何であるか問い直したものである。原子力は常に二面性を持っており、日本に投下された原爆もまたその二面性の中で引き裂かれた。今回の原発事故は日本の原子力史に大きな項目を作り上げるものであり、それが今後どのように日本人の無意識から表象されていくか興味のあるところである。