社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

時差出勤を三日やって気づいたこと

 うちの職場でも時差出勤がごく当たり前のシフト変更として定着しつつある。私は朝型の人間で、朝に最も仕事の効率が高いため、いつも朝早く、7時前には出勤して定時に帰るというスタイルで勤務していた。

 私は幼い子供の育児を抱えているため、夕方はなるべく早く帰って疲労した妻にかわり育児をしなければならない。また、育児のほか家事もいろいろ抱えていて、特に買い物はほぼ私が受け持っているので、買い物の負担もある。

 私は仕事以外にも家庭の諸事についてやることがたくさんあるため、夕方に時間休をとってそういった用事をこなすことが多かった。だが、そもそも時差出勤を使えば夕方時間休をとらずとも、正規の勤務時間で夕方用事をこなせることに気付いたのだ。

 私は朝1時間半早く出勤するため、1時間半早く退勤することができる。この1時間半によってやれることは意外とたくさんあるのだ。

 今週は火・水・木と時差出勤をした。火曜日は退勤してから実家の用事をこなし、水曜日は買い物をこなし、木曜日は医者に通った。本来なら年休を消化してこなすべき用事が、なんと年休を消化せずともこなせたのである。年休は貴重であるから、これほど喜ぶべきことはない。

 時差出勤をすると、勤務時間が明確になるため、仕事にメリハリができる。また、限られた時間で集中して業務をするため、非常に効率が良い。通常勤務だとマンネリ化してダラダラ仕事をしがちだし無駄な残業をしがちだが、時差出勤によってそういったマンネリ化やダラダラを解消できるのである。

 時差出勤は年休を消化せず家庭の用事を済ますことができ、かつ業務効率も上がる。なかなか優れた制度だと思う。

ロベール・ヌービュルジェ『新しいカップル』(新評論)

 カップルについて網羅的に記述している良書。カップルは、お互いに神話を共有することで成立する。共通の属性や共通の体験などがカップルの神話に組み込まれ、カップルの結びつきを強固にする。人がカップルを作るとき、単に相手方に執着するだけでなく、カップルという小社会にも執着する。カップルは秘密を共有する一方、外部からの見え方にも配慮を払う。

 カップルの破局などの際に行われるカップルセラピーの専門家によるカップル論である。家族論とも結婚論とも一味違う、親密さで結びつけられた二人の集合体についての緻密な議論であり、読んでいていろいろと勉強になった。数多くのカップルを臨床的に観察してきた著者ならではの網羅的な記述がとてもよかった。

斎藤淳子『シン・中国人』(ちくま新書)

 現代の中国人の生活についてまとめた良書。中国はここ二十年くらい急速に変化した。若者たちも大きく変化した。経済成長と少子化、恋愛や結婚に対する考え方などが急速に変化している。中国人たちは急いで合理的に成功を目指してきた。特に結婚についての変化が目覚ましく、いまや中国において結婚は合弁会社設立のファミリープロジェクトになっている。

 現代の中国事情を、ここまで赤裸々に伝えてくれる本書はとても読んでいて面白かった。中国はGDPの成長ばかりが強調されがちだが、その背後にある中国人たちの生活もまた急速に変化していたのである。その急速な変化に翻弄されながら、とにかく合理的に競争社会を生き延びようとする中国人たちの姿が伝わってくる良書である。

阪井裕一郎『結婚の社会学』(ちくま新書)

 「異性同士による恋愛結婚」という結婚の通念を相対化する手堅い本。日本でも昔は結婚は家同士で行われるものであり、恋愛結婚は少なかった。また、近年ではパートナーシップが多様化しており、同性同士や友達同士の「最小結婚」が認められつつある。「最小結婚」とは、ケアの関係を基軸として、結婚の規定を最小限にとどめ結婚の多様性を認めるべきだとする議論である。

 現代の結婚について書かれた手堅く網羅的な書物である。結婚の在り方は国や時代によって変遷しており、そこに正解などはない。最近ではパートナーシップの多様性を認めた結婚観が広まりつつあり、それもまた時代の変遷の結果である。もはや「通常の」結婚など存在しないのかもしれないし、そもそも初めから存在していなかったのだ。

田中圭太郎『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書)

 大学の経営崩壊に関するルポルタージュ。大学は、トップの独裁により暴走したり、文科省の私物化によって国に都合よく運営されたり、学問の自由が脅かされる事例が生じている。そのほかにもハラスメントや天下りの問題、非常勤の雇止めの問題などがあり、一部の大学で経営上の失態がみられる。ジャーナリストによるそういった事例に関するルポルタージュである。

 「大学崩壊」というので、学級崩壊のようなものを想像していたら、経営の崩壊の方だった。新聞沙汰になるような違法不当な行為が経営陣によってなされているという告発の書ではあるが、個々の事例はそれほど普遍的な問題を内包しているようには思われなかった。もしくは、こういった問題の背後にある原理を提示している本ではなかった。確かに一部の大学ではこのようなことが起こっている。だが他は適正かもしれない。