社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

橋本努『経済倫理=あなたは、なに主義?』(講談社選書メチエ)

 世の人々の価値観を大分類している本。従来の保守・リベラルなどとは異なった価値観の軸を提唱している。①行政の倫理:合意形成力、事務的有能さ、自発性、正直、節倹、規律、計画性、②生活者の倫理:交渉力、自律、寛容、切磋琢磨、効率重視、信頼形成、チームの協力、③企業家の精神:勇気、積極性、楽観性、新奇さの肯定、先見の明、④封建的共同体の倫理:排他的、伝統尊重、位階尊重、⑤貴族的精神:勇敢、名誉、闘争、⑥ポスト近代文化の倫理:余暇を豊かに使え、豊富な経験と体験を持て、ユニークさを鍛えよ、異質なものを歓待せよ。

 我々は、それぞれの置かれた立場に応じて、それぞれ望ましい倫理的態度をとる。会社では組織人としての倫理に従い、家庭では生活者としての倫理に従う。その中で、本書に挙げられている「ポスト近代文化の倫理」は私の価値観にフィットしていると感じた。確かに現代はこのような価値観で人々が動いているように感じる。

人事の公正性の原則

 我々社員は人事部の言うことはきちんと聞く。なぜなら人事は公正に運営されているという信頼があるからだ。社員の人事は常に公正に運営されなければならない。これが人事の公正性の原則だ。仮に人事が公正に運営されておらず、情実や政治によって不当にゆがめられているとするならば、我々は人事を信用しなくなり、離職したり頻繁に異議申し立てすることになって、組織にとって不利益な事態が生じるであろう。

 だから人事はロジックによって行われなければならない。そこにパッションやポリティクスの入り込む余地を最小限にしなければならない。人事がロジックで行われているのなら、そこには客観性による公正性の担保があり、職員の信頼が寄せられる。それに対してパッションやポリティクスによる不当なゆがみがあると、職員にはもう信頼されない。

 人間と人間の間に信頼関係があるように、組織と社員の間にも信頼関係がある。努力した社員や功績のある社員を正当に評価し、さらなるモチベーションを与えるのが人事の場であって、それにより社員と組織との信頼関係を改めて確認するのだ。努力して実績を上げた職員は、人事上の良い処遇を受けることで組織に一層信頼を寄せる。反対に努力して目に見える実績を上げたにもかかわらず組織から何も見返りがなかったらその職員と組織との信頼関係は悪化するだろう。それは離職や頻繁な異議申し立てにつながっていき、組織の利益が害される結果となる。

 人事部は人事異動のほかにも処分なども行うが、人事が公正に行われていなければ処分についても信頼が失われる。処分を受けた職員は初めから人事部への信頼がないのならば訴訟などで争ってくるであろう。そういったリスクを避けるためにも、人事部は常に客観的なロジックでもって動かなければならないのである。

 人事の公正性の原則とは、人事が客観的なロジックで行われ、そこにパッションやポリティクスが入り込まないことである。それは社員が人事部に寄せる信頼の根拠であり、それが失われたとき組織は深刻な機能不全に陥るであろう。

橋本努『ロスト近代』(弘文堂)

 ポスト近代の後にくるロスト近代における現状と打開策を論じている本。ポスト近代においては、近代の超克が企図され、父権としての超越的規範が批判され規範そのものが失われていった。その過程で、抑圧されていた欲望が噴出し、人々は果てしなき消費に駆動された。だが、その欲望消費はロスト近代において減退しつつあり、権威の過小抑圧のもと欲望も減退しつつある。そのようなロスト近代においては、人々の潜在能力を引き出す「多産性の原理」に期待が寄せられる。多産性の原理は、自然の超越的価値を模倣しながら新たな創造を生み出す。

 様々な学説を引用しながら、重厚かつ緻密に展開されていく議論はまさに圧巻である。現代においてロスト近代が到来しているというのはまさに私も実感しているところであり、そこで多産性の原理が重要であることも本質を言い当てていると思う。知らなかったこともいろいろと勉強になり、とにかく現代について考える際に非常に参考になる本である。おすすめです。

 

 

 

小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社)

 ケアの精神を文学作品から読み解く試み。人間には連続的進行の「クロノス的時間」とは別の、経験に基づいた想像世界が育まれる「カイロス的時間」が流れている。ケア労働の背後にある内面世界にはカイロス的時間が流れている。また、文学の傑作は両性具有的な性格を備え、自立した自己を前提とした「正義の倫理」が見落としてきたスピリチュアルな「多孔的な自己」のイメージを備えている。それもまたケアの精神につながっていく。また、留保して耐えるネガティブケイパビリティもまた文学作品のもととなり、ケアの精神につながる。

 本書は、文学作品に表れているケアの精神を読み解いているが、それは文学作品にケア労働が描かれているということよりは、ケアの精神をもっと深く掘り下げて考察し、そこに様々な鍵となる概念を見出し、その概念が文学作品に反映されていることを読み解いているのである。ケアについて考える際に必須となってくる概念がいかに文学作品に読み取れるか。このような文学作品の読みときは初めて読んだ。なかなかスリリングだった。

橋本努『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』(筑摩選書)

 最近消費におけるミニマリズムが唱えられているが、それが脱資本主義とどう関係するか論じた本。今はポスト近代のさらに先のロスト近代であり、必要最低限のモノで生きていくミニマリズムのライフスタイルを実践する人が増えている。巷では断捨離が流行し、一昔前のように高級なものを消費する人は少なくなっている。それよりも、少なく限られたものを長く使う、余分なものは捨てるライフスタイルが増えている。これは、子や孫の幸せや社会的弱者の救済のためにお金を使い、資本の支配力や集中力を社会的に削ぐ方向性があれば脱資本主義と親和的である。

 確かに、たくさん働きたくさん浪費するワークアンドスペンドサイクルはもう過去のものになっている。人は顕示的消費をしなくなり、それよりも生活をシンプルに、そしてモノよりもコトを大事にするようになっている。そのようなミニマリズムが脱資本主義とどのように接続するか論じた本である。ミニマリズムによっても勤労はするわけであるが、そこで生み出した富を大企業の資本形成に用いるのではなく、自らの子孫や社会的弱者のために使うのが脱資本主義と親和的だとするのが本書である。面白い議論である。