社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

北村匡平『遊びと利他』(集英社新書)

 公園の遊具における子どもの遊びを理論的に考察した本。遊具の利他性とは、遊び手と遊具、遊具を媒介とする遊び手たちが、相互にポテンシャルを引き出し合う関係を築けることだと著者は考えている。利他的な遊具は、媒介性、偶然性、転覆性、物語性、全身性を備えたプロセス志向の遊びを生み出し、管理や目的志向から抜け出している。近年の遊具は安全志向の高まりから利他性が奪われつつあり、そのことを著者は危惧している。

 私も幼い子供がいるので、公園の遊具で遊ばせることは多い。それをこのように理論的に解析されるととても痛快である。理論建てとしてはそんなに難しいものではないが、それを遊具に適用するところが斬新である。遊具についてこんなふうに分析して考えたことがなかったので、本書の分析はとても面白かった。こういう、普通の人が着眼しないところに着眼する当たり、著者の慧眼がうかがわれる。

キャサリン・ホーリー『信頼と不信の哲学入門』(岩波新書)

 信頼と不信について、実に多角的な視点から論じている本。基本的には、著者のコミットメント説に基づいている。つまり、我々が人々を信頼するのは、その相手が自分のコミットメント(責任をもって引き受けること)を果たすだろうとあてにする場合である。コミットメントを果たすかどうかは、それが相手方の利益になるからかもしれないし、相手方の良い性格によるのかもしれないし、それが進化的な生存戦略かもしれない。我々は、相手方の能力と意図を信頼する。

 本書は、信頼に関する哲学的な基本理論を示したうえで、信頼と不信にかかわる多岐にわたる論点について幅広に論じている。信頼と不信とは何か、それを現代社会において生起する様々なシチュエーションに応じて論じている。ウィキペディアマッチングアプリ、カスタマーレビューにまで言及している。とにかく信頼と不信について考えるのには格好の入門書となっている。

井坂康志『ピーター・ドラッカー』(岩波新書)

 日本で歓迎的に受容された哲人ドラッカーの評伝。ドラッカーは早くから企業の社会的責任や労働者に対する責任を説いていた。1959年には『変貌する産業社会』を出版し、そこでは、20世紀におけるモダンからポストモダンへの移行が理論化されていた。近代合理主義から脱近代合理主義へ、資本主義からポスト資本主義へ、国民国家からグローバル社会へ、理性から知覚、科学からアート、分断から統合、階層から協働、単一化から多元化。産業社会の振興と全体主義の駆逐を目指した。

 ドラッカーは、日本では熱狂的に受容されたが、その受容のされ方も表面的なものにとどまることが多かった。本国においても、その著作は実践的過ぎて理論的な教科書として使われることは多くなかったようだ。だが、評伝を読むだけでも、ドラッカーの著作の先駆性は明らかであり、現代でもなお通じることがたくさんあるように感じる。恥ずかしながらドラッカーを読んだことがないので、少し読んでみたい。

藤高和輝『バトラー入門』(ちくま新書)

 クイア理論の基礎付けとみなされるようになったジュディス・バトラーの入門書。バトラーは、セックスとジェンダーと欲望の連続性、つまり、女性だったら女性らしく振舞い、男性を愛するようになるといった連続性を、社会的あるいは政治的なものとみなし、それは実は原理的に不連続なものなのだと主張する。女性であっても男性らしく振舞い、女性を愛してもいい。そして、ジェンダーをなくすのではなく、現にある多種多様なジェンダーを肯定しよう、ジェンダーを増やそうと主張する。

 すでにLGBT等については様々な著作が出版され、私もいろいろと理論を学んだが、バトラーはそれらの現代の理論の先駆けとなったというか基礎付けを作ったという感じがする。バトラーはLGBT等の運動にとって、理論的に非常に強力な基礎付けを作り、理論的な後押しをしたのである。理論と実践が不可分であることは個の例からもわかるだろう。強力な理論があるからこそ安心して実践することができるのである。

平芳裕子『東大ファッション論集中講義』(ちくまプリマー新書)

 ファッション論についてのイントロダクション。近年活発になってきたファッションスタディーズ。その入門となる本書は、そもそも衣服とは何かという哲学的問題に始まり、衣服がただのプロダクトである時代からアートとして認識されるに至るまでの歴史を描き出す。主に西洋における衣服の歴史を扱っているが、それは本書が入門書であるからだろう。

 ファッションについてちゃんと学ぶ機会がなかった。ファッションについてたくさんの書物が出版されているとのことなので、それらを読みながら、ファッションの奥深さに浸りたいと思わされる本だった。本書はあくまで導入に過ぎない。至る所にもっと深堀していきたいと思わされるポイントがあり、そういうところについて文献をあたっていくといいだろう。とりあえず、ファッションスタディーズへの興味喚起という点で成功している本である。