社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

筒井清輝『人権と国家』(岩波新書)

 

 人権と国家という相対立するものがどのように絡み合ってきたか検証している重厚な本。過去数世紀の間に、大国間の駆け引きの中で大義として使われてきた人権が、予期せぬ形で徐々に正当性を獲得し、同時に一般市民の間でもメディアや大衆文化を通じて普遍的人権に対する感覚が醸成され、国際人権が現在の強固な地位を確保するに至った。国家の力と力がぶつかり合う国際政治の舞台で、国家の力を制限する人権という価値観が強力な正当性をもって浮上するという逆説的な歴史の流れだった。

 国家というものはできることなら人権を制限して自らの権力を行使したいし、一方で民衆はできることなら人権を主張して国家のやりたい放題を制限したい。国家と人権は拮抗する二つの勢力であり、本書はこの二つの勢力の歴史的な推移を明らかにしている。結局、初めは大義名分でしかなかった人権が、普遍的人権の地位を獲得し、内政干渉を肯定するにまで至った。この過程を重厚で緻密でドラマチックに描く。名著である。

宮島喬『「移民国家」としての日本』(岩波新書)

 2019年に出た望月優大『ふたつの日本』(講談社現代新書)においては、まだ日本には移民が増えているという認識だったと思うが、2022年の本書において、日本はもはや「移民国家」ととらえられている。この短いスパンに外国人の移民の流入は速度を増したのだろう。

 「移民国家」とは「中・長期滞在予定の人を受け入れる国」といった意味である。在留外国人数は2019年現在293万人であり、1990年当時の約三倍である。背景には、①日本の産業構造と人口構造の変化の生み出した労働力不足、②国際的経済環境の変化(南北格差の拡大)、③中小資本・第一次産業の労働者確保のための労働力導入政策の要請、④補充人口の受け入れを必然化する少子高齢化と生産年齢人口の減少がある。低賃金・人権無視などのアンフェアな移民の受け入れから永住移民としての扱いへ、少しずつ変化してきている。

 もはや日本は明確に「移民国家」と呼ばれるまで移民を受け入れるようになっている。そうしないともはや日本社会が立ち行かなくなるところまで来ているのだ。いわば移民の受け入れは必然であり、あとはそれを法的にどう整備していくかという課題が残されている。そして、我々は多様な人々との共生をしていかなければならない。日本社会の変化を丁寧に追った好著だ。

水越康介『応援消費』(岩波新書)

 

 近頃話題になっている応援消費についてコンパクトにまとめた本。応援消費とは、災害を受けた土地の商品を買うとか、好きなアーティストなどの作品を買うとか、ふるさと納税など、お金を出すことによって利他的な行動をしようとすることである。これらは本来贈与の形態をとっていたり、エコ消費やエシカル消費のような倫理的なものであったりして、経済とはなじまないものであったはずである。だが、家族や政治や学問もまた経済現象として分析されていくのと同期して、このような応援活動も経済や消費行動に組み込まれていく。

 本書は、応援消費という新しい現象について、それがはらむ矛盾とともに概略を解説している。新自由主義経済の下、ほぼあらゆるものが経済に組み込まれていく中、このような倫理的行為もまた経済に組み込まれていく過程を描いている。贈与というものが純粋な形でありうるのかという根本問題を扱っていてなかなか本質的なところにアプローチしていると感じた。

秦正樹『陰謀論』(中公新書)

 

 陰謀論とは、「重要な出来事の裏では一般人には見えない力がうごめいている」とする信念である。陰謀論についてはそれがSNSで拡散されるとする「SNS悪玉論」があるが、データを分析してみるとSNS陰謀論の関係はSNSによって様々であった。中でも悪玉とされるツイッターはむしろ陰謀論との相関関係が低い。ネット右翼陰謀論の結びつきはわかりやすいが、リベラル左翼もそれなりに陰謀論を持っていることが明らかとなった。要は自らの信念と整合的な陰謀論を信ずる傾向があるということである。また、政治に詳しいほど逆に陰謀論との相関関係が高くなることも明らかになる。

 本書はデータ分析を駆使して、陰謀論が何との結びつきが強いかを示している。結果は意外なもので、ツイッター陰謀論との関係の低さ、リベラル左翼と陰謀論の結びつき、政治的知識と陰謀論の結びつきなどが明らかとされている。これから社会をデータ科学で分析していくことは重要なアプローチとなるであろう。本書はその好例であると言える。

 

岸見一郎『エーリッヒ・フロム』(講談社現代新書)

 

 エーリッヒ・フロムの入門書。フロムは「生きる技術」を探求した。人間は自然の一部であり死にゆく存在であると同時にそれを超越するという「実存的二分性」と、個人の生活や社会生活における矛盾である「社会的二分性」に直面している。権威主義に陥らず、自ら自律し良心に従っていくことでこれらの二分性を克服できる。そして、「愛の技術」も重要であり、責任と配慮をもって他者を愛することにより社会の分断を防げる。

 フロムの思想は、我々がいかに生きるかという倫理学の問題にじかに応えている。フロムは心理学者であったが、そこを起点としてそれを超える思想を展開したと言える。マルクスフロイトを十分に咀嚼した結果であろう。今を生きる我々にも響くものはかなりあり、特に同調圧力の強い日本において、権威に屈さず孤独に生きよという思想は重要である。フロムの原典も読みたくなった。