社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

ウンベルト・エーコ『永遠のファシズム』(岩波現代文庫)

 

永遠のファシズム (岩波現代文庫)

永遠のファシズム (岩波現代文庫)

 

  作家であるウンベルト・エーコの政治に関する論考を収めた本である。戦争について、その情報技術社会における位置づけや知識人の責任、ネットワーク的生起などについて論じた論文や、ファシズムの本質的な特徴を列挙し、ファシズムへの警鐘を鳴らした論文などを収めている。

 エーコの議論は政治学者の議論には及ばないが、文学者でありながらここまでの議論を展開できるリテラシーには敬服する。およそ知識人たるもの、文学の世界に閉じこもっていたのではその文学世界にもおのずと限界が生じる。より広い領域へと知性の探索する領域を広げることで文学のスケールも広がって行くのだろう。

 作家の政治責任などが論じられることがあるが、それは案外単純な問題であって、エーコのように政治的な論文が書ける程度に見識を深めることが最低ラインとして要求されるくらいのものではないだろうか。

渡辺靖『白人ナショナリズム』(中公新書)

 

  黒人への暴力行為などで最近注目を浴びている白人ナショナリズム。本書はその実態について概観できる優れた本である。白人ナショナリズムとは、人種的・民族的多数派による文化的反動の一例であり、移民などの勢力拡大により脅威を感じている白人たちが、白人の権利や優越性などを主張し他を排斥する動きである。彼らは反ユダヤであったり反ポリティカルコレクトネスであったりする。過激派はヘイトに走ったりする。

 社会の多様性を認めていこうというリベラルの動きに反して、その多様性により利益を失う白人たちは多様性を排し同質性へと向かおうとする。多様性は決して社会にとってプラスの面だけを持っていたわけではなく、それまで社会の中心勢力であった白人たちのメンツをおびやかしている。白人ナショナリズムは多様性を認める社会への当然の反動だったと思われるし、それは欧州でも拡大していて、やがて日本でも同様の事態は生じてくるだろう。白人ナショナリズムは普遍的な問題なのである。

長谷川宏『幸福とは何か』(中公新書)

 

  長谷川は本書で幸福を、「穏やかで静かで身近なしあわせ」ととらえたうえで、様々な哲学者の幸福論を自らの幸福観と照らし合わせている。もちろん哲学者たちの幸福論は長谷川の幸福論とはそれほど一致しない。特に高みを目指して精進する系の幸福論とは長谷川は一線を画する。長谷川にとって幸福とはとりわけ努力して得るものではなく、ごく普通の庶民がごく平凡な日常生活を送ることから生じてくるのである。

 本書は、様々な哲学者の幸福論を、著者自身の幸福論との対比で読み解くことができてなかなか面白い。幸福論に正解があるとは思えないし、そもそも正解のある種類の問題ではないと思うのだが、それにしても多様な幸福論が展開されているのが面白い。だが、私も割と長谷川の立場には共感するところがある。ごく普通の日常がごく普通に続いていくこと、生活が通常に回っていくこと以上の幸せはなかなかないのではないだろうか。

私はなぜ残業をしないか

 私は基本的に毎日定時で帰ることにしている。夜の残業は休日の前か金曜日以外しないことにしている。理由は簡単である。効率の悪い労働は悪だと思っているからだ。ちなみに私は夜の残業をしないだけであって朝は毎日1時間の残業をしている。月20時間、残業代で言ったら年間120万円相当である。私はこの朝の残業について残業代を一切支払われていない。
 私は朝型の人間である。朝4時に起床し、夜20時に就寝する。そうすると脳の働きを考えると朝仕事をした方が集中できて仕事がはかどるのは当然である。これは脳科学がそう言っているのである。起床してから12時間経つともはや人間の集中力が切れることはよく知られているが、私が夜残業するとなると、もはや脳が酩酊状態のときに効率の悪い労働をすることになり、すこぶるコスト意識の欠けた行動をとっていることになる。
 加えて、普通の日に夜の残業をすると疲労感が次の日も抜けず、次の日の労働効率が落ちる。私は今までに、夜の残業で労働効率が落ちて、労働効率が落ちたがゆえにさらに残業し、さらに労働効率が落ちるという負のスパイラルに陥っている職員を何人も見てきた。コスト意識の欠けた愚かな職員だと思っている。
 私の職種では早死にが多い。残業とパワハラによる健康障害により60代くらいで命を落とす先輩職員たちが後を絶たない。残業が健康に悪いのは誰もが実感していることであり今更言うまでもない。残業を続けていけば、これから定年後も働かなければいけない時代に対応できなくなってしまう。
 つまり、なぜ私が夜の残業をしないかというと、やる気がないわけでも長時間労働に耐えられないわけでもなく、コスト意識に欠けた非効率な労働を行うことの愚かさに耐えられないのである。脳科学経営学の本を何冊か読めばこんな基本的なことはわかるはずなのだが、わが職種は勉強不足の者が多いためいまいち理解されないようだが、とにかく労働の効率を上げることが働き方改革の眼目である。働き方改革を成功させるには、まず無駄な残業を削減することから始めていかなければならない。もちろん仕事量が多いという問題はあるかもしれないが、それは朝の効率的な残業と適切なワークシェアで解決すべき問題であり、非効率的な夜の残業で解決すべき問題ではない。

本田由紀『教育は何を評価してきたのか』(岩波新書)

 

教育は何を評価してきたのか (岩波新書)

教育は何を評価してきたのか (岩波新書)

 

  日本の教育がいかに序列化と画一化を生み出したかを検証している本である。日本では人間の望ましさを「能力」「態度」「資質」という言葉で評価してきた。能力による評価は垂直的序列化を生み出し、メリトクラシーを定着させた。メリトクラシーには下位層を生み出すという欠点がある。態度や資質による評価は水平的画一化を生み出し、教育による個人の教化が行われた。水平的画一化は社会的排除を生み出す。垂直的序列化と水平的画一化が優位を占め、水平的多様化が定着していないのが日本社会である。そのことが変化に対する柔軟性を乏しいものとし、「他の可能性」を排除する機構を形成している。

 日本の生きづらさは垂直的序列化により下位層のレッテルを貼られることや、水平的画一化により異質なものが排除されることにより生じている。そうではなく、多様な個人が多様なまま活躍できる水平的多様化が求められている。それを実現するために著者が掲げる方策は幾分ドラスティックすぎる嫌いがあるが、教育を抜本的に変えないと日本の生きづらさは解消されないと思われる。それにしても、能力、資質、態度という言葉の使われ方から日本社会の問題点を剔抉する手法は鮮やかだった。大変優れた著作だと思った。