社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

石垣りん『詩の中の風景』(中公文庫)

 石垣りんが近現代詩を一篇ずつ紹介しているエッセイ集である。素朴ながらも心を打つ詩が多く紹介されていて、読んでいて心から感情があふれ出しそうになる。石垣自身もそのような解説をよくしていて、詩というものは我々の堰き止められた感情をあふれ出させるものだと改めて感じた。

 詩というと難解なイメージがあるが、石垣の紹介する詩は少しも難しくない。簡単な言葉で単純なことを書いている。だがそれでありながら人の心を打つ力を持つ詩が多く紹介されている。詩というものは障害を乗り越えるもの。それは我々の凝り固まった心を解きほぐすもの。そういうことを改めて感じさせられた。

橋本努『自由原理』(岩波書店)

 福祉国家の根本原理について考察した本。福祉国家の理念については様々なものが挙げられる。①福祉国家以前に存在した愛徳の理念で共同体の外側を包摂するもの、②ロックによる個人的所有権に基づく最小国家、③最小国家より安上がりな人々に規律訓練を課す国家、④生権力を行使し人々を健康にする国家、⑤各人が自律した人間になることを相互に助け合い共通善を担うという連帯の理念、⑥民主的討議を通じて福祉政策を決める福祉国家、⑦政府介入を最小限にしつつ経済と福祉の両方を同時に発展させるシステム、⑧人間の潜在能力の全面開花という意味での自由の実現。福祉国家思想の発展は、同時に自由の発展史でもあった。

 福祉国家というものを、その原理・哲学から論じた重要な著作である。福祉国家についてはその基本となる哲学について十分整理されてこなかったように思われる。現在我々も福祉国家で生きているわけであるが、それがどのような思想に基づき、どのような方向性を持っているか、理解することは非常に重要である。本書はそのような機会を与えてくれよう。

 

原俊彦『サピエンス減少』(岩波新書)

 日本だけでなく世界全体もいずれは人口減少に直面し人類は消滅に向かっていくという見取り図を提示する衝撃の本。人口学の専門家が著した本なので信憑性は高い。20世紀後半から22世紀にかけて、世界人口はアジアの世紀からアフリカの世紀へと入れ替わっていく。もっとも人口増加が進むのは後発開発途上の国々であり、中進国・先進国の人口は急速に減少する。その変化を支えるだけのアフリカの経済発展が必要である。また、国際人口移動をなるべく自由にしない限り、人口減少はより加速化するため、移民の受け入れなどは急務である。

 人類の歴史は終わってしまうかもしれない。そんな衝撃の事実を提示する本であり、これは読む人の人生観や世界観を変えてしまうのではないだろうか。もちろん人口を維持することも可能かもしれないが、少子高齢化が進むのは日本だけでなく全世界の潮流でもあるのだ。人類の未来について考えなければいけない時が来ている。

木村忠正『デジタルネイティブの時代』(平凡社新書)

 質的研究と量的研究を掛け合わせて行われたデジタルネイティブの研究。デジタルネイティブとは、デジタル技術に青少年期から本格的に接した世代のことで、1980年前後以降生まれの世代のことである。デジタルネイティブのコミュニケーション特性は、①空気を読む圧力、②対人距離を構成する「親密さ」と「テンションの共有」が相互に独立し、「テンションの共有」のみによる「親しさ」への志向、③「コミュニティ」「ソーシャル」とは異なる「コネクション」という社会原理の拡大、④サイバースペースへの強い不信感、低い社会的信頼感と強い「不確実性回避傾向」である。

 2012年に発表された研究であり、若干古くはあるが、今でも十分通用する議論がなされている。かなり先駆的な研究だったのではないか。ちょうど私もデジタルネイティブ第一世代なので、そこで分析される自分たちのコミュニケーション特性にうなずくところが多かった。さらに世代が下っていくにしたがって、どんどん今の若者のメンタリティに近づいて行く様が見事である。

齊藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』(講談社)

 クライム・ノンフィクション。異常な性格を持つ母親から、暴力・罵倒・強要などの虐待を受け続け、最終的に母親を殺した娘の物語。実際に起こった刑事事件の綿密な取材のもと生まれた非常に読みやすい書物である。能力的に合格不可能な国公立大学医学部への合格を9年も強要され続けるあたり、恐怖を感じる。

 最近、毒親、毒母、親ガチャといった話題がよく上がるようになっている。虐待をするような親に育てられた子供は一生涯不利益を抱き続ける。ACEサバイバーというものだ。このような犯罪に駆り立てられるのも非常な不利益である。最近の時流に乗った話題作である。