社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

早川和男『居住福祉』(岩波新書)

 

居住福祉 (岩波新書)

居住福祉 (岩波新書)

 

  憲法に規定される生存権を具体化するためには、居住に関する諸権利も保障しなければならない。本書は、社会福祉の一分野として居住福祉を掲げ、十分な清潔さや広がりなどを備えた住居が人間の健康で文化的な最低限の生活を作ると主張する。そして、この居住福祉の理念は国際会議でも独立した権利として主張されているし、日本人もまた権利意識をもって居住における十全な保障を主張していく必要がある。

 本書は阪神大震災ののちにかかれたもので、大震災によって一番被害を受けたのが弱小住居だったことを大きな問題点として取り上げている。居住の整備は災害の被害を縮減される役にも立つのである。それにしても、生存権には確かに住居がけがや病気のもとにならないようにきちんと整備される権利も含まれているし、住居に関する補助を受ける権利も含まれているだろう。生存権の具体的な実現過程として、現在のより高度化した要求にこたえるためには居住福祉の理念が欠かせない。

全国建設研修センター『用地取得と補償』

 

用地取得と補償

用地取得と補償

 

  自治体や企業などの用地職員が辞書的に使うのをお勧めする。もちろん、各自治体や企業には用地事務のマニュアル的なものが存在すると思うが、そういったものの最大公約数的な標準的な教科書を提示するのが本書である。

 土地を取得するための測量から交渉・契約、補償の算定方法など、実務に役立つ一通りのことが書いてあるため、用地職員必携の一冊であるといえる。ただし分厚いため、軽く通読しておきながら、実務で必要になったら厚く読むという読み方が良いだろう。

吉見俊哉『夢の原子力』(ちくま新書)

 

夢の原子力―Atoms for Dream (ちくま新書)

夢の原子力―Atoms for Dream (ちくま新書)

 

  戦後日本が核をどのように受容していったかについての文化史。

 原爆は確かに世界中に恐怖を与えた。だが、アイゼンハワーは「アトムズ・フォー・ピース」という演説で、原発などの原子力の平和利用を訴え、広島・長崎を忘却させようとした。戦後日本はアトムズ・フォー・ピースを積極的に受け入れ、いつしか原子力は夢のエネルギー「アトムズ・フォー・ドリーム」と化していった。その先駆的な出来事が原子力平和利用博の開催だった。

 一方、戦後日本の無意識の部分には依然核兵器による敗戦の傷が残っていた。それはサブカルチャーにおいて表象されることが多かった。例えばゴジラは、ビキニ沖で被爆した第五福竜丸、そして広島・長崎の恐怖により生み出されている。この壊滅的な破壊の表象は、多種多様な仕方で日本人の無意識に流れ続け、多数のアニメなどを生み出している。

 本書は福島第一原発事故を受けて、改めて日本にとって原子力とは何であるか問い直したものである。原子力は常に二面性を持っており、日本に投下された原爆もまたその二面性の中で引き裂かれた。今回の原発事故は日本の原子力史に大きな項目を作り上げるものであり、それが今後どのように日本人の無意識から表象されていくか興味のあるところである。

世代間の齟齬について

 私は地方の比較的大きな企業に勤めているのだが、最近特に管理職の世代と若手の世代との価値観の相違が際立ってきていると感じている。今、労働環境は転換期に来ていて、新しい価値観が次々と市民権を得てきていると同時に、それに対応しきれていない古い世代が労務管理に困難を抱えている。

 

1 休暇の取得について

 今、日本の有休所得率の低さが問題視されている。だが、管理職の世代は依然有休取得に消極的である。実際、私も以前月1のペースで有休を取得していたら、管理職自ら私に「そんなに休むな」と言いに来たことがあるし、休むときにいちいち理由を聞かれたり、休んだ後に軽い嫌がらせを受けたりすることもある。休暇の所得について意識の違いは結構はっきり現れている。

 

2 ハラスメントについて

 今、パワハラやセクハラには非常に厳しい目が向けられている。ところが、管理職の世代は依然コンプライアンスに関する知識や意識に乏しい。これは彼らの時代がハラスメントについて緩かった時代だからだ。だからパワハラがあってもそれを「指導」として黙認したり、セクハラがあっても男性優位的な考えで許容してしまう。

 

3 超過勤務について

 今、日本の残業の多さと労働効率の低さが問題視されている。だが、管理職の世代はまさにバリバリ残業して日本の経済をけん引してきた世代だ。残業肯定論者が多いのもうなずける。しかし、仕事に慣れていないとか仕事が多いとかで残業するのは分かるが、付き合い残業であるとか残業しないと「仕事をしていない」とみなす価値観はもはや時代遅れである。

 

4 個性の扱いについて

 今、時代は多様性を尊重する個性の時代である。だが、管理職の世代はみんな均質化していこうという発想のもと教育されている。同じ人たちが同じように働き異質な人を排除していくというまさに日本的な価値観に染まっている。だが、これからは多様な労働者の多様な長所をうまく寄せ集めて総合していく時代である。

 

 このように、昨今の労働をめぐる価値観は大きな転換点にあり、新しい価値観で働く若手とそれに対応しきれない管理職という図式が生み出されていて、そこに少なからず軋轢が生じている。管理職も若手もそれぞれの価値観を尊重し合い、日本のより良い姿を探っていく時ではないか。

松木茂弘『自治体財務の12か月』(学陽書房)

 

自治体財務の12か月

自治体財務の12か月

 

  自治体の予算の流れについて書かれた本。

 本書は、市役所の財政課職員向けに書かれた本であるが、広く自治体の予算関係事務の流れについて具体的に知ることのできる優れものであり、自治体職員一般や自治体に興味を持っている人たちに対して十分な効果が望める。実際、各担当課は財政課と予算の協議をしなければならないわけだし、財務の観点から自治体の仕組みを知りたい人にはちょうど良い本である。

 実践的で、現場ですぐ役立つ本であるが、そうであるがゆえに自治体が普段どのような形で資金を集めそれを執行しているか、生々しく伝わってくる。自治体のお金の流れ、そしてそれに付随する職員の動きを知るにはよい本ではないか。