社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

小室淑恵『働き方改革』(毎日新聞出版)

 

働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社

働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社

 

  昨今日本の喫緊の課題となっている働き方改革働き方改革関連法案成立にも貢献した小室淑恵氏が働き方改革の基本的な思想と実現の方法、実際の成功例について書いている本である。

 なぜ働き方改革が必要か。それは、人間の脳は起床後12時間しか集中力を維持できないため、それを超えて残業しても利益が出ないし発想も出ない、業績も上がらないからである。また、十分な睡眠もまた集中力の維持には必要であり、連日の睡眠不足が続いている人は少しのショックでも致命的なダメージを受けてしまう。また、少子高齢化が叫ばれる昨今、家庭の時間をより多く持つことで子育てなどの時間を持つことができ、少子化を防ぐ効果もある。

 若者が多く高齢者が少ない「人口ボーナス期」には、男性が長時間均質に働くことが経済発展につながる。だが、若者が少なく高齢者が多い「人口オーナス期」には、男女とも短時間で違う条件で働くことが経済発展につながる。日本はいま人口オーナス期に突入しているため、働き方の改革が迫られる。

 働き方改革の具体的なやり方は100社100通りであるが、トップや管理職の強い意識が重要であることは間違いない。仕事の属人化、つまりこの仕事はこの人しかできないという状況を改善し、マニュアル化を進め、関係の質を高めて心理的安全性を高め、チームワークを進めていく。仕事ができる人に仕事が集中することを避け、チーム全員に仕事を等しく負担してもらう。

 そして、人事評価においても、短時間労働で効率よく業績を上げている社員を評価し、長時間労働をする社員を評価しないようにし、管理職の評価においても有給取得率や残業時間を考慮するようにする。

 「働き方改革」が声高く叫ばれるようになったが、いまだに「本当にできるのか」という疑念は根強いだろう。だが本書は、働き方改革が日本の経済発展や少子化対策につながるものであり、実際に意識を改革し実行することで実績が上がり労働者の私生活も充実することを示している。これからの経営者必読の書ではないだろうか。 

なぜ本を読むのか

 読書をする理由は多岐にわたる。まず筆頭に挙げられるのが読書の快楽である。本は知的遊戯の空間であり、本を読むことは知的遊戯の快楽に身を浸すことに他ならない。そこには思想があり感性があり認識があり物語があり、どれも人の脳髄に快楽をもたらすものだ。読書は快いものである、それ故に読書するのだ。
 読書の快楽の中で最も大きいものはブレイクスルーの快楽であろう。自分がそれまで思いもしなかったアイディアが本の中に示されることで世界の見方が大きく変わるということ。そうでなくても、少しずつ世界に対する視野が広がり自分の認識の限界が突き破られるということ。このブレイクスルーが非常に快い。
 文学作品の鑑賞の場合には芸術鑑賞の楽しみがある。一つの美しい作品をめでるということ。そこには起伏があり手触りがあり匂いがある。美しいものに接するということの端的な快楽がそこにはある。
 だがもちろん読書は快楽だけで語れるものでもない。読書をするということは、自らの世界に対する所有を強化することでもある。人はせいぜい物理的にはみずからの所有物しか所有できない。だが、世界の認識や理論化を通じて、世界の処分可能性が高まっていく。もちろん人は世界を処分することはできないが、世界を思うように動かす可能性を世界をより深く知ることによって獲得できるのである。
 読書は世界を理論化すると同時に世界に複雑なひだを作り出す。読書によって得られる世界像は読書のたびごとに美しく彫刻されていき、人の知的体系は少しずつ完成に近づいていく。読書によって人は世界を自らの作品として彫刻していき、それに対する所有の可能性を強化していく。読書とは人が世界を所有しようとする絶え間ない努力の過程なのである。

鈴木透『食の実験場 アメリカ』(中公新書)

 

  食の観点から見たアメリカ文化史。

 アメリカでは、先住民の食文化と入植民の食文化が混淆したり、移民の食文化が混淆したりして、異種混淆的な食文化が形成されてきた。アメリカ大陸土着のカボチャやトマトなどの食材と、ヨーロッパのパンや肉などが混ざったりした。それゆえ、アメリカではローカル、エスニックでありながらグローバルな食文化が形成される。

 一方、時間と手間の節約の観点、効率化の観点によりマクドナルドに代表されるファーストフードが発達し、貧困層が安いファーストフードに依存して健康問題を発生させている。ファーストフードは合理的なものであったが、従業員を搾取したり資本主義にどっぷりとつかった社会的に問題の多いものだった。それに対抗するように、フードジャスティスが叫ばれそれが実践されるようになった。環境に負荷をかけず、人にも優しい食文化や農業を作り出す活動だ。小さい農業共同体でのコミュニティ的食文化への回帰も進んでいる。

 本書はアメリカの食文化を題材にしながら、アメリカ文化一般・アメリカ歴史一般についての洞察を与え、アメリカの今後進むべき道についても提言をしている大変興味深い本である。アメリカの食にはアメリカの来し方・行く末が非常によく反映されている。食について学びながらアメリカそのものについて学べる本である。

岡田温司『天使とは何か』(中公新書)

 

  天使というものの文化表象的な多義性に着目した本。

 天使は純キリスト教的な神の使者であるだけでなく、ギリシア・ローマの神々やアニミズム信仰と混淆して表象されてきた。また、天使とキリストも重なる点が多く、様々なテクストで天使とキリストは混同されている。そして、悪魔もまた天使が自由意思により堕天して生まれたものであるし、現代に近づくに従い、天使は純キリスト教的な教条的な役割を超えて、芸術家の自由な想像力に従い変幻している。

 本書はキリスト教神学の本ではなく、むしろ表象文化論の書物である。キリスト教神学で天使がどのようなものかはさておき、実際に天使は人々にどのように扱われどのように表現されたかを論じている。天使の本当の姿は教条的なものでもなければ表象的なものでもないだろう。天使はもはや定義しがたい多様な存在なのだ。

中原淳『経営学習論』(東京大学出版会)

 

経営学習論: 人材育成を科学する

経営学習論: 人材育成を科学する

 

  企業・組織に関係する人々の学習を扱う経営学習論の概説書。

 経営学習は、①組織社会化、②経験学習、③職場学習、④組織再社会化、⑤越境学習の観点から語ることができる。①組織社会化とは、ある個人が組織に外部から参入するとき、組織がその個人を組織目標に合致させようとすることである。②経験学習とは、具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験のサイクルを回すことによる学習である。③職場学習とはOJT、OFF-JTなどによる職場内での学習のことである。④組織再社会化とは、中途採用者がそれまでの経験を棄却したりして新しい組織に適応する社会化のことである。⑤越境学習とは職場の枠を超えて様々なイベントやワークショップに参加して学習することである。本書ではそれぞれの学習においてどのような契機が有効であるか詳細に分析されている。

 企業や組織で労働するということは必然的に学習を伴うということは多くの人が実感していることであろう。本書はそのような学習について多角的かつ科学的に論じた読みごたえのある研究であり、企業や組織で生きる人間にとって得るものの多いものだと思う。最終章でこれからのグローバル社会における課題にも触れられていて、経営学習論の射程の広さを感じた。