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丸山真男『日本の思想』(岩波新書)

日本の思想 (岩波新書)

日本の思想 (岩波新書)

 本書は、日本の思想の「内容」というよりは、日本の思想の「傾向」について述べた著作である。

 日本は西欧の思想を表層的に受け取って来た。それゆえ、日本伝統の思想は舶来の思想と併存した。明治憲法において成立した「国体」という非宗教的宗教は、ある意味日本の近代化を意味するものであったが、そこに成立したのは西欧的な権利義務関係ではなく、権威と恩義の持ちつ持たれつの相互に無責任な体制であった。日本の近代化は日本の前近代性を利用して行われたのだ。また、マルクス思想の輸入は、日本にとって初めての包括的な社会理論の導入であり、雑種文化としての日本文化に大きな衝撃を与えた。

 政治・文学・科学は相互に影響し合った。機械論的科学は新感覚派の文学を生み出したし、マルクス理論は明確な批評方法となり、またプロレタリア文学を生み出した。政治は合理的に見られるようになったが、反面政治とは非合理的なものでもあり、そこでの葛藤もあった。非政治的な場面にこそ文学を見出そうという動きが生じた。そしてさらには、政治と文学を対立させるのではなく、個人の内部にある政治性を文学化していく営みに発展していった。また、真の科学は文学的創造にまで至る、また科学の根源には非合理的なものがある、といった具合に、政治・文学・科学はそれぞれにそれらの対立を止揚していった。

 人間はイメージをもとに物事を判断する。日本の文化は共通の根を持ったササラ型ではなく、互いに分断されたタコツボ型であり、それぞれの分野が互いに偏見=イメージを持ちあってセクショナリズム・被害者意識を強めている。そんなタコツボ同士をつなぐものとしてマスメディアが期待されるが、マスメディアは新たに均一化されたイメージを生み出すだけである。

 日本では、「である」ことにもとづく価値観が支配的であり、「する」ことにもとづく価値観が弱い。会社員であるからこうすべき、など、自らの分に応じた行動ばかりして、状態にばかり価値が置かれ、行為に価値が置かれない。状態よりも機能に、することに価値を置くことが望まれる。

 おそらく丸山が言いたいのは、日本が近代化するにあたって、伝来の非合理性や権威主義が十分払拭されないまま合理主義や権利意識が流入してきたので、日本はいまだ十分近代化されていない、これはまずいのじゃないか、という日本文明批判だと思われる。だが、西欧対日本という対立があまりにもはっきりしすぎているので、そんなに簡単でもないのではないか、西欧だって非合理だし日本だって合理的じゃないか、そのような疑いを抱く。だが、対立のモデルをはっきりと提示してそこで起きている様々な現象を理念化するのは議論のたたき台としてとても有効である。