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山形孝夫『聖書の起源』(講談社現代新書)

 

聖書の起源 (講談社現代新書 448)

聖書の起源 (講談社現代新書 448)

 

  聖書の物語が、現実のユダヤ民族の歩みとどのように対応していたか、また土着の他の信仰とどのような関係を持ったかについて書かれている本。聖書の大まかな流れも辿れるので、聖書入門としても重宝するだろう。

 旧約聖書の物語は、遊牧民族から農耕民族への転換、土地取得の物語として定位できる。だが、土地定着を経たのち、ダビデ=ソロモンのイスラエル王国時代には、土着の「豊饒の女神」「大地の母」崇拝が盛んになり、ヤハウェ信仰が衰える。唯一絶対のヤハウェ神は砂漠の遊牧民族の神であり、イスラエルが土地に定着すると途端に農耕民族の神々に支配権を奪われていった。

 新約聖書のイエスは、まさに治癒神として君臨していった。それは、旧来根付いていたアスクレピオスという治癒神との壮絶な闘いに勝利したことによってもたらされた。初めは治癒神であったイエスも、ローマ帝国によるキリスト教公認によって、メシア化され精巧なドグマに支えられるようになる。それでも、イコン崇拝や聖母マリヤ信仰という形を変えた土着信仰もまた現れ始めた。そして、イエスが人間の罪を着て死ぬという経緯は、古来からの供犠儀式と何ら変わることがない。

 本書は、聖書の物語の概略を描きながらも、それが土着の神々や信仰とどのように交錯していたかをダイナミックに描いている刺激的な本である。聖書の背後には様々な社会的事実や宗教的事実があった。聖書の在り方を聖書の外部から説得的に説明しようとする意欲的な試みであり、参考になった。